魔王に甘いくちづけを【完】

さっと部屋の中を一瞥しある地点で留めると、そこに真っ直ぐ向かっていく。

朝日の差し込む部屋の隅で、ユリアの綺麗な黒髪が櫛からサラサラと零れる。

その姿がラヴルの瞳にはとても眩しく映る。



「おはよう、ユリア」


挨拶もそこそこに髪を梳く手から櫛を奪った。

驚いた様子で此方を振り返り、仰ぎ見たユリアの薄紅色の唇が「ラヴル・・?」と呟いた。

手は取られた櫛を奪い返そうと空を舞っている。

その手を掴み、指先にそっと口づけをした。


――心配していたが、元気そうで良かった。


頬を染め、慌てて手を引っ込めるユリアの様子を見ると、少しは自分のことを想ってくれているのかと思い、自然に口元が緩む。



「私が髪を梳く。ユリアはちゃんと座って前を向いていろ」



肩に手を置き椅子に座る様に促し、頭を鏡の方に向かせた。

窓の外に気を向けると、結界の外に数人の黒い影の気配を感じる。


――先程追い払ったが、まだいるか。

やはり結界が綻びている・・張り直さないとならないが・・・。



「ユリア、昨夜は怖くなかったか?」



サラサラのストレートの髪を丁寧に梳く。

ユリアの髪に触れているだけで心が落ち着く。



「平気です。ライキが守ってくれましたから。ライキはとても強かったわ。あっという間に倒してしまって、おかげで安心して眠れました」


そう言ったあと、思い出したようにクスッと笑った。


「何が可笑しい?私が髪を梳くのがおかしいか?」


「いえ、そうではありません。・・ライキは強いけれど、少し変わってますね」



そう言うと再びクスクスと笑っている。やはり笑顔が一番いい。



「あぁ、そうだな。そうかもしれん・・・。あいつは鬼だからな、私たちと少し違う」


「え?鬼、ですか?」


「あぁ、だから強い。ついでに言うと、ツバキもだぞ?」


「ツバキも、ですか?」


もう少し驚くかと思ったが、意外に落ち着いた反応だ・・・。

鏡の中のユリアは、瞳を少し伏せた後、合点がいったような表情をして小さくうなずいた。

少しずつ環境に慣れてきているのか。

人間のユリアにとって、魔物ばかりのこの国は住みづらいと思っていたが、案外順応性があるのかもしれない。



「ユリア・・・少し力を貰いたいんだが、いいか?」


「力を?どういうことですか?」



鏡越しにユリアの瞳がラヴルの漆黒の瞳を見つめ、不思議そうな顔をしている。

きっと、全く意味が分かっていない。



「ユリアを守るためだ。出かける前に結界を張り直しておきたい。いいな、貰うぞ」