魔王に甘いくちづけを【完】

「ユリア様、お早く着替えを済ませて下さい」



ナーダはベッドからもそもそと起き出したユリアに、着替えを押し付けて急かした。

でないと、待ちきれなくなったラヴル様が入ってきてしまう。

昨夜のことがあるとはいえ、こんな早朝に此方に来られるなんて、ラヴル様は相当ユリア様のことを気にかけている。

このか弱い人間の娘を。


ナーダは急いで着替えをしているユリアを観察するように盗み見た。

・・・目覚めた時は元気のない様子だったけど、ラヴル様の顔を見たせいか瞳に少し力が戻っている。

ユリアが脱いだ夜着を拾い、いそいそと洗濯かごの中に入れるとナーダは朝食の準備に取り掛かった。



こうしていても、ドアの向こうからラヴル様のイライラとした気が部屋の中に入り込んでくる。

早く会いたいという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。

もう限界かもしれない。

ユリアをチラッと見やると、既に着替えは済み、鏡の前に座って髪を整えていた。

・・・もう中へ入れてあげよう・・そうしないと、機嫌が悪くなるかもしれない。

たかがこれくらいのことで、とも思うが、ユリア様を迎えてからのラヴル様は以前と少し違うように思える。

昨夜部屋に呼ばれた時そう思った。

今までのラヴル様とどこか違う、と。

それに、ラヴル様は一旦機嫌が悪くなると手がつけられなくなる。

普段穏やかな分、怒った時は言葉では言い表せないほどに、恐ろしい。

ナーダは以前見た光景を思い出して身震いをした。

まぁ、こんなことで怒る方ではないけれど・・。

そう思った途端、ドアの向こうから静かだが少し苛立った声が聞こえてきた。



『ナーダ、まだ駄目か?・・・もう待てん。入るぞ』



ドアノブに手をかけようとした瞬間、ナーダの手が空を舞い、ドアが音もなく開けられた。

コツンと靴の音を鳴らし、ラヴルが部屋の中に一歩入り込んだ。



「・・もう良いだろう?」



ドアを開けたまま、一応確認するラヴル。

待ちきれなくなってドアを開けてしまったが、もし着替えが終わっていなかったらユリアの機嫌を損ねるかもしれない。

笑顔が見たくて、可愛い顔が見たくて、一番にここに来たのに、ぷぅっと膨れた頬はなるべく見たくない。

ナーダは空で止まっていた手を慌てて引っ込め、一歩下がって頭を下げてラヴルを迎えた。



「はい、ラヴル様。お待たせいたしました。どうぞお入りく下さい」


「うむ・・・」