魔王に甘いくちづけを【完】

青年のとろんとした優しげな笑顔を見ると、ゾワゾワとする嫌悪感が湧きあがってくる。


――この方に触れられたくない。

助けて・・・・。



ラヴルの顔が思い浮かぶ。

でも、いくら助けを求めても、部屋の中で女性と一緒にいるラヴルが此処に来るはずがない。

ギュッと瞑った瞳から涙が一筋流れ落ちた。



「これで、貴女は私のモノだ・・・」



首に触れていた指が離れ、首筋に荒い息がかかった。

このままじゃこの方に血を吸われてしまう。


逃げたくても、がっしりと体を覆われ、おまけに体は痺れていて、全く動かすことが出来ない。

青年の唇が触れ、その次に来る痛みを覚悟した瞬間、体に感じていた圧迫感がふっと消えた。


崩れ落ちていく体に腕がまわり、ふわっと誰かに引き寄せられた。

くらっとふらつく頭が支えられ、厚い胸板に顔がぎゅっと押し付けられた。


指が首を撫でる感触と同時に、ふぅーと大きく息を吐く音が頭の上から聞こえてきた。




――誰・・・ラヴルなの?

でも、そうじゃないわ・・・。

だって、ラヴルは今・・部屋の中にいるもの・・・。



掌がまるで子供をあやすように、背中をゆっくり摩ってる。

この優しい手は誰・・・何か言ってるのが聞こえる・・・・。


見上げようと思っても、視界がゆらゆらと揺れて定まらない。


抗っていても、闇の中に意識がどんどん引き込まれていく。

不意に額に掌が当てられて、あたたかくなったと思ったら、体の痺れがすーっと消えてなくなった。



この腕、なんだかとっても安心出来る・・・。

この腕なら・・・。


それまで必死で保っていた意識を手放して、ユリアは腕の主にそっと体を委ねた。






青年は目の前に現れた姿を見て、青ざめ震えている。

さっきまで貼り付けていたような優しげな笑みは消え去り、ただ恐怖に脅えていた。


「申し訳ありません。まさか、貴方様がここに―――どうかお許し下さい・・・どうか―――う゛ぅっ―――う゛う゛ぅっ・・・」


苦しげに胸を抑え、表情は苦悶に歪み、脚がその場に崩れ落ちていく。



「も・・・申し訳・・ありません・・・」



青年は俯いたまま、ハァハァと荒い息をしながら声を絞り出した。


冷たい漆黒の瞳が紅い光を放ち、それを見下ろしていた。