魔王に甘いくちづけを【完】

「―――はい・・・?あの、急に何を言ってるんですか?」


突然、青年の腕が親しげに腰に絡められてきた。

体がスススッと引き寄せられていく。

顎に青年の長い指がかかり、上を向かされた。

とろんとした濃灰色の瞳がユリアの黒い瞳を捕えた刹那に、ピリッと電気のようなものが体の中に走った。

体が痺れて手脚が動かなくなっていく。



「あ・・の・・・何を・・・したの・・?」



力も入らなくなり、ワインがまわってきたのか、視界もぐにゃりと歪み始めた。

もう自力で立っているのも難しくなっている。



「貴女は美しい・・・。香りも甘くて、とても魅惑的だ。貴女を放っている男のことなど、忘れてしまいなさい。そうだ、あちらに行きましょう。貴女は私のモノになればいい」



そう言って青年は、会場の隅の方へぐいぐい引っ張って行く。

助けを呼ぼうと、声を出そうにも唇が痺れていて、上手く言葉に出来ない。



――嫌―――私、貴方の名前も知らないのに・・・。

体が痺れて・・・意識が・・・保てない・・怖い。

いや・・・嫌・・・やめて。



青年の腕がふらつく体をがっしりと支え、強引に引っ張ってどんどん歩いていく。

通りすがりに男の人が話しかけてきた。


「レディ、どうかしたのですか?具合でも悪いのですか?」


「あぁ、何でもありません。ワインで酔ったみたいです。あちらで休ませようと思いまして―――しょうがないな・・・ほら、しっかりして」

「そうですか」と言って、男はあっさりと会場に戻って行く。



――待って。

違うの・・・助けて・・・動けなくて。

私、向こうに行きたくない・・・。




青年が向かっているのは、灯りの届かない暗い森の中。

会場のざわめきと音楽が徐々に遠くなっていく。

うっそうと茂る木に囲まれ、月の明かりも届かない。

辺りは暗闇に包まれ、大きな木の陰に来たところでピタッと止まった。


木に体を押し付けられ、青年の指が首筋をゆっくりと撫でた。