魔王に甘いくちづけを【完】

目の前に差し出されたワイングラス。

それを無言で受け取り、じっと中身を見つめた。

冷えた赤い液体が、ゆらゆらとグラスの中で揺れている。

あの女性の口紅の色に似てる。


“ラヴル・・・”


さっきの会話を思い出したくないのに、あの切なくて甘い声が頭の中から離れない。



「ワインは初めてですか?美味しいですよ。ここのワインは評判がいい」


青年はしきりに勧めてくる。

ユリアは、恐らく初めてであろうお酒を、八つ当たりするように一気にくいっと飲み干した。

喉をとおった途端に、カーッと胸が熱くなっていく。


「美味しいでしょう?もう一杯いかがですか?」


そう言って差し出されるワイングラスを受け取り、再びくいっと飲み干した。

なんだか体がふわふわして頬が熱くなっていく。


それと同時に、ムカムカと変な感情が湧き上がってきた。


瞳に浮かびあがるのは、ラヴルの妖艶な微笑み。

なんだか無性に文句を言いたくてたまらない。



“私から離れるな”


――と、ラヴル、貴方はそう言いましたけど・・・。

馬車に乗る前と中とで、合わせて二度も“離れるな”って言っていたのに。


“私の心一つ・・・”


それに、あんなに恐ろしいことを、記憶をなくしたか弱いこの私に言っておいて。

この場合のこの状況・・・これは私がラヴルから離れている訳ではないわ。

貴方が、私から離れているのよ。


“待ってる”って言っていたのに、何故か女の人と二人で部屋の中にいて。


しかも、向かい合ってあんなこと話してて。

女性はとっても綺麗な方だったわ。


あんな雰囲気で、声をかけることなんて、私にはとても無理なことだわ。

なのに、もし“離れた”とか“逃げた”とか言って、むっすり怒られて殺されてしまったら、それはとっても理不尽なことだわ。


もしも、ラヴルがそんなことを言い出したら、殺される前に、思いっ切り文句を言わないと、気が済まない。

冷たい声とか、温度のない瞳で脅してきても、絶対に怯んであげないんだからっ。



空っぽのワイングラスを握り締め、ユリアはラヴルと女性のいるであろう部屋を見つめた。

今、部屋で何をしているのか、容易に想像できてしまう―――



「・・・何も仰らないということは、お連れの方を、もう探さなくて良いってことかな?貴女を私のモノにしてもいいと、そう思ってもいいのかな?」