魔王に甘いくちづけを【完】

「おっと、危ない――――レディ、大丈夫ですか?」


なすすべもなく落ちていく体が、ふわっと浮かんだ。

誰かに受け止められたようで、体は地面には届かず、宙に浮いた状態になっていた。

驚いて見上げると、黒髪の青年が心配そうな表情でユリアを見ていた。


ラヴルよりも少し若く見えるその青年は、ユリアをゆっくりと下におろすと、にこっと笑った。



「すみません―――ぼんやりしてて・・・ありがとうございます」


「いいえ・・・どう致しまして。レディ、お一人なのですか?宜しければあちらで話をしませんか?」



黒髪の青年はにこにこと紳士的な笑顔を浮かべて、会場の方を指差した。



「いえ・・・あの、一人ではありませんので。その、はぐれてしまって・・・」


「そうですか・・・それは残念。では、探すのをお手伝いましょう」


「いいえ、結構です。本当に、一人で大丈夫ですから」


「そんなこと言わずに、レディを一人で放っておけません。遠慮せずに。さぁ、此方に行きましょう」



笑顔を崩さないままそう言って、腕を掴んでぐいぐいと引っ張って行く。


――いいって言っているのに・・・。

この方も強引だわ。もしかして、この国の男の方は全員こうなのかしら?

女性の気持ちなんてお構いなしで、自分の意のままに動かそうとする。


ラヴルは私のご主人様だから仕方がないけど、この人はまったく知らない方なのに。



「で―――どなたをお探しですか?こんな美しいレディを放っておくなんて、どんな男なのですか?私なら、何があっても離れないのに」


「はい・・・あの―――」


なんて言ったらいいのかしら・・・。

本当は、何処にいるのか知ってるもの。

ラヴルは今・・・お部屋の中で、あの綺麗な女の人と一緒にいるんだもの。


俯いて黙り込んでいるユリアを、青年は柔らかい微笑みを浮かべてじっと見つめていた。

やがて、手をスッと上げてウェイターを呼び、運ばれてきたワインを2つ手に取った。


「もしかして、その方と何か・・・喧嘩でもされたのですか?これを飲むといいですよ。落ち着きます」