魔王に甘いくちづけを【完】

「暫くここで待って、戻って来なかったら自分で会場に戻ります。綺麗にしてくれて、どうもありがとうございました」

ニッコリと微笑むと「そうですか。では失礼致します」と、メイドもにこっと微笑みを返し、部屋から静かに出て行った。



そのままぼんやりと椅子に座ったまま待ってみた。

メイドが出て行った後からもう10分ほどたっている。

でも、ずっと待っててもラヴルはちっとも来る気配がない。

ドアを開けて廊下を見廻してみても、ラヴルはどこにもいない。



初めての場所に、周りは知らない人たち。

頼れるのはラヴルだけ。

そのラヴルが“待ってる”って言ったのに、ここにいない。

不安になるユリア。



――どうすればいいのかしら・・・。

“外で待ってる”って、もしかしてここの廊下ではなくて、外の、会場で待ってるってことかしら・・・?

そうよね、そうかもしれない。

だったら、ここで待ってても、永久にラヴルは来ないわ。


ユリアは椅子から立ち上がってドアに手をかけた。


――でも、外に行くのはいいけど、ラヴルはすぐに見つかるかしら・・。

会場には、結構人がたくさんいたもの。

けど、ここにいてもラヴルは来そうにもない・・・

もし、見つからなかったら、ここに戻ってくればいいわ。



ユリアは少し迷った後、思い切ってドアを開けた。

庭側の部屋の灯りは煌々と灯っているのに、廊下の灯りは落としてある。

所々点いてるだけで薄暗い。

明るさに慣れていたせいか、さらに暗く感じる。

不気味ささえ感じるしんと静まりかえった廊下。



――確か、こっちにまっすぐ行けば玄関が見えてくるはずだけど。

さっきまでいた部屋は、丁度屋敷の真ん中あたりにあったようで、廊下にも同じ様なドアが並んでいて、どちらから来たのか、全く分からない。


適当に選んだ方に歩いていくと、灯りが一筋廊下に差し込んでいるのが見えた。

誰かいるのか、ドアが少し開いていて、そこからぼそぼそと話す女性の声が聞こえてくる。

そのまま気にせずに通り過ぎようとすると、その言葉だけが妙にはっきりと聞こえてしまった。

他の言葉は耳にぼそぼそと届くだけなのに。

女性が切なそうな、艶を含んだ声で発した言葉。



「ラヴル・・・」