魔王に甘いくちづけを【完】

ラヴルはヤナジの方にジリジリと近付いていく。

腕に掴まっている都合上、戸惑いながらも一緒にジリジリと動いていくユリア。


何が起こっているのか、全く理解できない。

一定の距離を保ち、後ろに下がっていくヤナジ。

ラヴルは、青ざめてうろたえたえているヤナジの肩をぐっと掴み、耳に口を近付けて何かをささやき始めた。

ヤナジの頭が小刻みに縦に揺れている。

その様子を横から確認すると、ラヴルは満足げに口角を上げた。


その冷たい微笑みに、ユリアは息を飲んだ。

温度の感じられない瞳に、恐怖を感じてしまう。

やっぱり、この方は怖い・・・。




「ユリア、手を離せ」

「・・・?」


いきなりそう言われ、訳が分からずに見上げると、いつもの妖艶な微笑みが見下ろしていた。


「・・・動けんか?」


「ぅ・・動けます」


クスッと笑い声を漏らしたラヴルの長い指が、固まっている手を腕から剥がし、細い両肩を掴んですすっと前に押し出した。

何事かわからずに、目の前のヤナジの強張った顔を見つめるユリア。


「ヤナジ、メイドを一人貸せ」


「―――はい?」









「―――整えるだけでいい。あまり派手にするな」

「承知いたしました。ラヴル様」


「ユリア、外で待っている」


背中に当てられていたラヴルの掌がゆっくりと離され、静かにドアが閉められた。

メイドに「こちらにどうぞ」と言われ、鏡の前に座ってみて呆然とした。


――まさか、こんなことになってるなんて・・・。


確かに馬車の中でラヴルの腕が髪にかかったかもしれないけど、こんなに乱れ落ちるほどに動いた覚えはない。

ナーダの手でふんわりと結いあげられていた髪は、見事に崩れ“おくれ毛なんです、これ”と言ってごまかせないほどに、髪が束になってあちこちから落ちていた。

そういえば、ラヴルがしょっちゅう触っていたっけ。


涙を流したことと、馬車の中でラヴルが頬を撫でていたせいで、メイクも少し崩れている。


脅してきたり、慰めるようなことをしてきたり。

ラヴルのすることはよく分からない。


鏡の中の乱れた姿がメイドの手でどんどん綺麗にされていく。

髪は一旦全部下ろして結い直され、メイクも一旦落とされてやりなおされた。

ものの15分程度でユリアの姿は元通りに仕上がってしまった。




「ラヴル様、どうぞ――――ラヴル様・・・?」


扉を開けて廊下をキョロキョロと見廻していたメイドが、困った顔で戻ってきた。



「廊下に居られません。どう致しますか?」