魔王に甘いくちづけを【完】

ヤナジはにこにこと人懐こい笑顔を浮かべ、長身の体をかがめてユリアの黒い瞳と視線を合わせた。

見つめてくる瞳がゆっくり移動している。

髪、頬、唇、耳のあたりに動いていく・・・。

やがて、顔の下辺りの一点を見つめて、固まったように動かなくなってしまった。

瞳が僅かに赤くなっている気がする。



「あの、どうかしたんですか?」


「あぁ、すみません・・・。はじめまして。ラヴル様の友人のヤナジです。宜しく―――我が夜会にようこそ。どうぞ楽しんでいって下さい」



言葉と同時に、ヤナジの手が差し出された。

白い肌のラヴルとは違った、少し日焼けしたような黒い肌の手。

人のことじろじろ見て、失礼な方だけど、社交の場ではそうするのが当たり前のことに思えて、その手を握ろうと手を伸ばした。


ラヴルだってそうしていたもの。

最初に決めたとおり、粗相だけはしないようにしないといけない・・・。


すると突然、右斜め上から、今まで聞いたこともないような低い声が聞こえてきた。


「手を出すな」



馬車の中で脅された時よりも低くて、温度の全く感じられない冷たい声。

あまりの迫力に驚いて、伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めた。



「あ、ラヴル、ごめ・・んな―――」


謝ろうと思ってラヴルを見上げて、言いかけた言葉を噤んだ。

視線はこちらではなく、真っ直ぐに前方に向けられていた。


自分に言われたと思っていた言葉は、ヤナジに向けられていたものだったようで、ヤナジは両掌を体の前にかざし、慌てたように横に小刻みに振っている。

引き攣った笑顔を浮かべ、額の汗が灯りに光っている。


「いや・・・何も睨まなくても―――ラヴル様・・・私は、古くからの友人ではないですか」


「あぁ、確かにそうだな・・・。貴方は友人だ。今までは、な・・・」


「また、そんな御冗談を―――」


「・・ヤナジ、知ってるだろう・・・?私は滅多に冗談を言わないということを―――特に、男相手には・・・」


「そんな・・・少し挨拶をしようとしただけではないですか」


「少し―――?私には、そうは見えなかったが」