魔王に甘いくちづけを【完】

馬車の中は車輪の音が響くだけで、しんと静まり返っている。

ユリアはラヴルの顔をそっと覗き見た。

何かを考えているようで、腕を組み、瞳を閉じている。

ユリアは初めてラヴルの顔をじっくりと見ていた。

漆黒の瞳に見つめられるとドキドキして、いつもまともに見たことがない。

鼻筋の通った横顔・・・肌は絹のように滑らかでとても綺麗。

じっと見つめていると、瞳を閉じたまま、そのままの姿勢で、静かな声がラヴルの唇から漏れた。



「ユリア、何だ?―――私に見とれているのか?」


「み・・見とれてなんかいません。ただ、聞きたいことがあるんです」


「何だ?何でも聞いてみろ」


「あの、ラヴルは普段何をしてるんですか?この街の領主なんですか?」


目を開けたラヴルは、妖艶な微笑みを湛え、ユリアにすっと近付いた。

掌は華奢な肩を包み込もうとしている。


「あぁ―――領主か・・・少し違うが、まぁ、そんなようなものだ。私は普段街の治安を守っている」


ラヴルの手が華奢な肩をそっと抑え、もう一方の手が背後からまわってきて頬に当てられた。



「私のことが知りたいか?」


「だって、ラヴルは私のご主人様ですから・・・少しは知っておかないと・・・」


「私が人間ではないことは、知ってるだろう?」


人間ではないことは知ってる。

けど、何者で普段何をしてるのか、何も知らない。


「さっき、チラッと見せたが、分からなかったのか?」


「え・・・?さっき?」


「意外と鈍いな・・・私のことを怖いと思うかもしれんぞ。まぁ、そうだとしても、私は手放す気はないが。それでも知りたいか?」


いつになく真剣な瞳で聞いてくるラヴル。

ユリアはゆっくりと首を縦に振った。


「そうか、では教えてやろう」


くいっと顔が傾けられ、綺麗な白いうなじがすぅっと伸びた。

ラヴルの顔がユリアの斜め上にあって、じっと見つめている。


妖艶な漆黒の瞳がどんどん近付いてくる。

ラヴルの顔が首筋に埋められ、吐息が耳元にふぅっとかけられ、静かな声で囁かれた。


「私だけのモノだ。逃げることは許さん」


「ぅっ・・・!」


言葉とともに、耳の下がチクンと針を刺すような痛みに、再び襲われた。

ラヴルの唇がとても熱い・・・。

そう感じたのと同時に、体の奥がじんわりと熱くなっていく。


唇を離したラヴルの漆黒の瞳が妖しく光っている。

ユリアはぼんやりとした瞳で、ラヴルの顔を見つめた。


「これが、私だ」