魔王に甘いくちづけを【完】

「違います。術ではありません・・・感じますか、この胸の鼓動を―――」



ティアラの白く美しい手が自らの顎にある大きな手を取り、胸に導いた。

白く柔らかな肌に長い指が食い込むのを気にとめず、ティアラは手を重ねて更に押し付けた。



「貴方がお傍にいるだけで、こんなにもときめいているのですよ・・・この心は私だけのもの。何者にも侵されません。貴方を想うこの気持ちは、本物です。どうか、お傍に。お支えしたいのです――――」



“もっと貴方に触れて欲しい”

“貴方の傍で過ごしたい”

“苦しみを共に乗り越えたい”

仕草と声から、ティアラの強い想いが痛いほどに伝わってくる。



「・・・では、次回の会議の後、皆の前で貴女の意思を聞く。その答えが今と同じならば、我が名を告げよう」



王の手が愛しげにティアラの頬と髪を撫で、額にそっと口づけをした。

見つめ合う二人の瞳。

ふと、王が哀しげに眼を細めたとき、ティアラの体が一瞬揺らいだのを大きな手が支えたように感じた。

何でもないようなそぶりで花壇に咲く花を一輪手折り、王はティアラに渡している。

微笑みながら受け取るティアラの瞳は、迷いなど一切なく決意に満ちたものだった。



薄紅色の花弁が、視界を覆うほどにハラハラヒラヒラと舞い落ちてくる。


二人の姿が見えなくなり、舞う花弁がなくなった時に見えてきた場は、蝋燭の灯りが点る広い部屋の中だった。



テーブルを挟み向かい合う、ティアラの父、人の王、と、魔の代表、吸血族の王。


ティアラは部屋の隅にある椅子に、緊張気味な様子で座っていた。


人の王の背後には、幾人かの大臣のような風体の人が立っている。

吸血族の王の足元には、大きな狼が一匹いるのみで、供の者はいない。

狼は寝そべるように腹をぴったりと床につけ、組んだ前足には頭を乗せて目を瞑っていた。

緊張感も何もない、寛ぎの体勢だ。

ときたまふわふわのしっぽをゆらゆらと左右に動かし、大きな耳もぴくぴくとさせている。

どうやら、話は聞いているよう。



「―――では、願いどおり、私が新しい世界を構築するとしようか。さすれば、貴方がた、人は、見返りに何を差し出す」


「そ・・それは。そんなことを―――」



人の側が騒然とする。

大臣たちは困惑し顔を見合わせ、王の顔が険しくなりもごもごと口ごもった。

魔の王は腕組みをして首を傾げ、失笑しながらその様子を見たあと、瞳に威厳を滾らせ威嚇しながら厳しい口調で言った。