魔王に甘いくちづけを【完】

ひらひらと落ちるそれを手で受けた瞬間、ふわ・・と浮かび上がってきた場は、先ほどとは雰囲気が一転し明るい月に照らされる整えられた庭だった。


そこでティアラと吸血族の王がゆっくりと歩く姿が映し出される。


立派な枝を広げる木に満開に咲く薄紅色の花。

時折ひらりひらひらと花弁が舞い落ちる中を、楽しげに散策する二人。

背の高い王を見上げて話しかけるティアラの瞳は潤み、艶めく黒曜石のように光る。

頬は血色良く薔薇色に染まり、微笑む表情はとても美しく見える。

対する王も、隣で楚々と歩くティアラの腰を支え気遣う腕は優しく、微笑みはないものの、見下ろす瞳は愛に溢れているように見える。

静かな夜、ゆったりと流れる時の中歩く二人の様子は、どう見てもとても幸せそうな恋人同士だ。


そのティアラの表情がふと曇り、俯いて歩みをピタと止めた。


王が怪訝そうに顔を覗き込む。



「ティアラ姫、どうかしたか」


「・・・お願いがあります・・・。私に・・貴方の名を、教えて下さい。・・・貴方は、私を愛してはくれないのですか」



切なげに瞳を潤ませ懇願するように見つめるティアラの髪に手を伸ばし、ついた花弁を取る王の漆黒の瞳は惑い揺れている。


王の長い指先が、ティアラの細い首筋をツーっとなぞる。



「私は貴女を愛している。だが、妃には出来ん。一から世界を作るなどは想像以上に難しいのだ・・・。辛く苦しい道を歩ませることになる。確かに力を欲しているが、貴女を巻きこむことは出来ん。黒髪の巫女姫とはいえ、人、なのだ。未知の世界の生活だ、死をも覚悟することになるのだぞ」



それでもいいのか、と問いながら、苦しげに眉根を寄せて涙を零さんばかりのティアラの瞳を見つめる王。



「それでも構いません。貴方と共に歩めるならば。愛しているのです。貴方のお傍でこの生を全うできるのであれば、それは本望です。―――お願いです、連れて行って下さい」



貴方の作る世界ですもの、私にも合うはずです!

声と瞳に力を込めて言った後、お願いです、と呟きながら王の胸に頬を寄せるティアラ。



「貴女は、それほどに私を信じてくれるのか。――――いいのか」


ぐいっと、か細い体を引寄せ、顎に手をやり目を合わせるよう固定させた王の瞳は、ギラギラと紅く輝き、歪ませた唇からは吸血族特有の鋭い牙が出ていた。



「―――私は、人を騙し活き血を啜り貪る魔の者の王だぞ。私の語る愛は虚無であり、貴女のその心は、私の術に嵌ってるとは考えんのか」