魔王に甘いくちづけを【完】

どうにも黙って見てることが出来ずに考える間もなく叫び声をあげながら手を伸ばした瞬間、それは起こった。



「右に、避けよ」



地を這うような低い声。

言われた通りに反応し避けるティアラの背後から放たれた、

光の矢一閃――――


数匹が一瞬で薙ぎ払われた。

生き残った魔獣達はそろそろと後退りをしていく。



「巫女姫ティアラ。貴女は死ぬ気か。この数を相手にするとは正気の沙汰とは思えん」



雲間から覗き出た月に照らされて浮かび上がる、風になびく黒髪と煌く黒い瞳に黒い衣装。



「貴方は誰!?どうしてここに来たのですか。今のは一体何なのですか」

「・・・通りがかりだ。私は吸血族の王。我が名は、そなたにはまだ言えん、王と呼べ。城まで送る。召集せよ―――全く・・いいか。女は守られるものだ、闘うものではない。このような傷を負うなど―――」



黒髪の王がティアラの手を取り、掌で傷を一撫ですると何事もなかったかのような美しい肌に戻った。



「助けていただいたことには礼を申し上げます。ですが、これ以上はご遠慮いたしますわ。御機嫌よう―――皆の者、帰城する!」


「成程。男勝りだと聞いていたが、これは、中々のものだ。待て、送ると言っただろう」

「お構い無きように!これ以上魔の方に借りはお作り致しません!私には破魔の力が御座います。頼もしい騎士たちもおります。礼ならば、父君を通し改めて致します」



毅然と言い放つが、どう見ても体は疲れ果てて脚は震えている。

ふらつきながらも懸命に歩くティアラの体をひょいっと肩に担ぎ、王はスタスタと歩いた。


「何をする!?」

「ティアラ様を離せ!」


騎士たちが騒然とし剣を構える。



「っ、この・・・離しなさい!」


なけなしの力を振り絞るように暴れるティアラの額に手を当てた王が何事かを呟くと、黒い瞳が閉じられ、首と腕が力なく垂れた。



「どの道城に用がある、ついでだ。騎士どもよ。悪いことは言わん、剣を収めよ。城まで運び行くだけだ。大事な姫だ、獲って喰いはせん。・・・この者の香しい血の匂いは風に乗り相当広がったぞ。更に強い魔が集まり来る、良いのか」



迫力のある低い声と紅く光る瞳に騎士たちは顔を歪め、ティアラ様・・と呟きながら剣を収めた。



――ふ・・と突然暗闇に戻る。

息詰まる光景で張りつめていた気が萎み、肩を落としてホッと一息ついていると、しんと静まった闇の中に、薄紅色の花弁が一枚舞い落ちてきた。