魔王に甘いくちづけを【完】

ティアラはそう言い放ち、侍女に護身用の懐剣を持たせ、自らも腰の剣を抜き正眼に構えて襲い来る敵に備えた。



「私は巫女姫ティアラ!まだそなた達に喰らわれるわけには参りません!かかって来なさい!破魔の力は出ずとも騎士免許皆伝の我が腕、返り討ちにして差し上げるわ!」



皆が制する声を無視して勇ましく前に駆け出たティアラに唸り声をあげた魔獣が横から飛びかかる。

咄嗟に身を屈めて剣を振るいながら飛び退いたところを別の魔獣が繰り出した鋭い爪が横髪を切りハラハラと舞い落ちた。

二匹の魔獣が紅い瞳をぎらつかせ威嚇するような唸り声を上げる。

構えつつも、じり・・と後退りをしたところを四肢を攻撃に備えて低くした二匹が地面を蹴り跳び上がる。

片方には剣が届き仕留める事に成功するももう一匹は取りこぼした。

素早い体捌きで地面を蹴り再度飛び掛かる魔獣に対し、剣を繰り出す体勢を整えるが間に合わず、身を屈めて何とか避けるも鋭い牙が腕を掠めた。


柔らかな白い肌から血がじわりと滲み出て額に汗が浮かぶ。


魔獣の赤い舌がペロリと自らの牙についた血を舐め取ると、グォー!と興奮の雄叫びをあげた。

悔しげに唇を引き結び、ぎらぎらと赤く光る目を睨みつけるティアラの横で斬撃音が鳴り、魔獣の首だけが飛び転がっていった。

黒い瞳には、庇うように立ちふさがる騎士の逞しい背中が映る。

騎士は攻撃してくる魔獣をひたすら切り倒している。



「貴女様は無茶をなさる!大丈夫ですか!?」



騎士が取りこぼした魔獣を美しい太刀筋で薙ぎ払った後、ティアラは辺りに響き渡るような勇猛な声出して言った。



「これしき、何と言うことはありません!皆の者!誰一人と欠けることなく必ず一緒に帰城しましょう!」



騎士たちの士気が高揚し雄叫びが上がる。

駆け寄った別の騎士が魔獣を仕留めるのを横に、ティアラは勇壮にも次々に襲い来る何匹もと相対し剣を振るう。

薙ぎ払っては刺し切り倒す。

剣を振るう音とざくざく砂利石を踏む音に加え断末魔の鳴声が静かな夜の川原に響く。



映像を見てるこちらまで漂ってこないけれど、辺りには血と魔獣の臭いが充満しているに違いない。

こんなときでも点滅する幻想的な光は止むことなく続き、ティアラたちの戦う場とは全く別の次元のよう。



百もおろうかと思われる敵相手に、男並みに強いとはいえ所詮は力弱い女の腕と数少ない騎士たち。

圧倒的な数の差に疲れたのか、見る間にティアラの剣の速度が緩まっていく。

肩でする息も荒く、額から流れる汗が滴り剣が重そうに見える。

きりなしに襲い来る爪と牙に対し剣を振る力もなくなり腕も上がらなくなった様子のティアラを、嬉々として襲う魔獣達。




“―――危ない!避けて!!―――”