魔王に甘いくちづけを【完】

混乱してる状態の私を、ティアラはきょとんとした様子で首を傾げて見ている。


「ぁ・・あの・・」


言葉が出ない状態の私に対し、ティアラはふわりと優しく微笑んだ。



「そういえば、貴女。前にこの森で暮らしていましたね?そうですか。あの時の、貴女なのですね―――」



何かを思い出しているのか、ティアラの顔が物憂げに俯く。



「ぁ、あの・・・私は、記憶を失っていて・・・分からないのです。名前も過去のことも、よく思い出せないのです。この世界にどうやって来たのかも分かりません。魔王の妃になることも承諾していませんし・・・」


「まぁ―――そうなのですか。記憶を――――・・・だから、なのですね」


真摯にまっすぐに見つめていたティアラの瞳がふわっと優しくなる。


「芯が安定せず、迷いが多く見られます。貴女からは、現魔王セラヴィと数人の殿方の苦悩が伝わってきます。・・・セラヴィ王は余程愛しているのですね。他の殿方たちも同等に。魔王は、決意して欲しいと、心を変えて欲しいと、私の部屋に入れたのでしょう。妃の承諾を交わしていなければ駄目だと言伝えてありますのに。永い時を経て変化したのでしょうか。貴女はまだここには導かれないのに、まったく幸運でした。すべて自分の思惑通りになると思うところが、魔王らしいですわね」


いくら術に長けていても、人の心の底までは操れないというのに。

いつの時代も変わりませんね。


そう言ってくすくすと笑い声を漏らすティアラの瞳は、遠くを見つめていて、とても優しくて、まるで昔を懐かしんでいるよう。



―――幸せ、だったのかしら。

贄として、単身でこの世界に嫁いできたのに。

愛する者の住む世界、人の世を守るためとはいえ、辛く寂しくなかったの―――?



「決意を促すため、ですか?・・あの・・・歴代の妃たちは、ここで何をしていたのですか?」


何か、試練があるとか・・?

おずおずと訊ねると、ティアラは美しい声で愉しげにコロコロと笑った。



「特に何もしていませんわ。ただ、私のお話を聞いて頂いただけです。私がここに留まる訳を含めて。後に力を借りることになるのですから、納得して頂いたのです」


留まる、訳・・・。

ロゥヴェルではなく、ラッツィオの森にいる訳・・・

力を貸す。

妃の決意・・。



混乱し続ける頭の中を整理するように何度も反芻する。



「では、行きましょうか」

「はい?」



微笑むティアラの顔が近付いたと思った瞬間、光の直中にぽつんと座っていた。



――――私がお話することは、貴女のまだ知らない真実。

気持ちが変わるも変わらないも、貴女次第――――