魔王に甘いくちづけを【完】

「はい・・・あの、今から何処に行くんですか?」

「今宵はヤナジの夜会に行く」

「夜会、ですか?」


夜会なんて初めてのことで、どんなもので何をしたらいいのか、ユリアには分からない。


「私が行ってもいいのですか?」


不安そうに見上げていると、ラヴルの長い指がそっと頬を撫でた。


「心配するな。ユリアはこうして私の腕に掴まっていればいい。行くぞ」


ラヴルの柔らかなエスコートで、ゆっくりと歩き始めた。

今回はヴィーラではなく、普通に馬車で出かけるようで、そのまま玄関に向かっていく。


玄関では、こんなに今までどこに隠れていたのだろうと思うほどの、沢山のメイドや使用人が並んでいて深く頭を下げていた。

両側に壁のように居並ぶ沢山の使用人たち。


その真ん中を堂々と歩くラヴルと、どこか緊張気味に楚々と歩くユリア。

ユリアが傍を通ると、ぴくんと身動ぎをする者もいる。

ラヴルがそれに気付き、漆黒の瞳がすぅっと細まり、射るような赤い光を瞬間的に放った。

身動ぎをした使用人は頭を下げたままだが、顔は苦しげに歪み、額には汗が滲んでいるのが見える。

ユリアは、ラヴルと使用人たちのそんなやり取りに、当然気付くはずもなく、これから向かう夜会の場に思いを馳せていた。


初めてラヴルと一緒に向かう社交の場。

きっと身分の良い方ばかりが集まっているに違いない。

迷惑をかけないためにも、粗相をしないようにしないといけないわ。

ユリアの顔がどんどん緊張の色に染まって行く。



「ユリア、何緊張してんだ。夜会って言っても、今日のはそんなに肩苦しくないぞ」


馬車の前に立っていたツバキがこっそり耳打ちしてきた。


そうは言っても、初めてのことだもの。

もし、ラヴルの顔に泥を塗る様な事をしてしまったら・・・・。

ユリアの逞しい想像力が、どんどんネガティブな方へと転がっていく。



「ユリア、そんなに緊張するな」


ラヴルの手が肩に置かれ、唇が素早く首に触れ、チクンとした痛みが少し走った。



「ぃっ―――・・・何をしたんですか?」


「まじないだ。行くぞ」


黒塗りのシンプルな馬車の中には深紅の椅子があり、ユリアは奥に誘導され、ラヴルはその隣に静かに座った。



「出せ」


静かな声で短く命じると、馬車はゆるゆると進み始めた。