魔王に甘いくちづけを【完】

あまりの美しさに棒のように突っ立ってると、ヒインコが泉の傍に降りて水を飲み始めた。

その光景を見て急に喉の渇きを覚えて、瑠璃色の岩の上をちょんちょん歩きまわるヒインコの隣に座りこむ。

靴を置いて両手で水をすくおうと屈めば、一点の曇りのない澄んだ泉に自分の顔が映った。


私の顔―――

黒い瞳に白い肌。

髪が肩から零れ落ち、先が泉に浸ってる。

ストレートな黒髪は、セラヴィの好みで常に下ろしたままだ。

ラヴルもこの髪を好んでくれたっけ。

この世界の殿方が好むものは同じなのかもしれない。

民族性というか――


冷たい水で喉を潤してホッと息をついたら、足がひりひりと痛むことに気がついた。

見ると、あちこちにすり傷が出来て血が滲み出ている。


柔らかな草の上とはいえ、木の枝なんかも落ちていた。

最初は気を付けていたけれど、ヒインコを追うことに夢中になって、気遣う余裕もなくなっていた。



「やっぱり、裸足で歩くことは無謀だったかしら・・・」



泉の水で洗って汚れを落とし、適度な高さの岩に腰をおろして足を泉に浸した。

ひんやりとした水が熱を持った足に心地いい。

足をぶらぶらさせてパシャパシャと音を立ててみる。

波紋が広がって、ゆらゆら揺れる水影が木陰に映る。

綺麗な空気、緑の匂い、暖かな風、冷たい泉。

セラヴィのいない空間。


なんて落ち着いて、気持ちがいいのかしら―――


いつもいつも突然に部屋に現れる魔王セラヴィ。

一度吸血されただけでそれ以後は肌に触れて来ないけれど、やっぱり気の抜けない毎日なのだ・・・。

何度もぷんすか怒って抗議をしても、さも平気な顔でこう言う。



“愛しい妃に逢いたいと思うのは必然であり、暇な時間が出来るのは突然なのだ”



久しぶりの平穏な時。

独りきりは寂しいと思うことも多いけれど、ここはその感情を補って余りあるくらいに居心地が良い。

可愛いヒインコが傍にいるせいもある。

いつまでもここにいたくなる。

歴代の妃たちも、ここに癒しを求めて来ていたもかもしれない。

だから、地図も記録も残してなくて。

魔王に知られてしまったら、禁じられることもあり得るのだもの。

怖くて何も残せないわ。


国で贄として教育されて、襲い来る魔物たちから隠されて育てられ、それが運命だと諦めてはいても、やっぱり哀しかったと思うのだ。


黒髪であることを疎ましく思ったことも多いだろう。



幼い私が、騎士団長の金髪を羨ましく思ったのと、同じ様に―――