魔王に甘いくちづけを【完】

“クリスティナ。まだ、思い出さんか”


あの日、セラヴィは私にこう訊ねた。

それは、とても切なげな声と、辛そうに細められた瞳で――――


王の役目、自らの病と寿命、あの場所の気候がおかしな理由。

それら全部を、人である私にもわかりやすくなるよう、何度も行きつ戻りつしながら長い話をした最後に、セラヴィは私のことを妃ではなく『クリスティナ』と呼んだ。


ずっと背後からすっぽりと抱き締めて話していたのをやめ、向き合うよう体勢を変えて改まった風情で名を呼んだ瞳は、今までになくとても優しいものだった。


それは、面前にいる私ではなく、過去に逢っていたクリスティナに向けているようにも感じた。



“貴女は、私が愛した黒髪の姫。カフカ王国のクリスティナ・フィーレ・カフカだ”



人界に降り幾度も逢い、互いに愛をはぐくみ、婚儀の誓いを交わした者だ。

だから、無理を承知で傍に寄せラヴルの契約を解除させたのだ、と。

人であることを計算に入れてはいたが調整がつかず、危険な目に合わせ心底焦ったとも言っていた。


真剣な声と話しぶりは作りごとをしてる風には思えず、すべて本当のことなのだろうと感じられた。



カフカ王国。

確かに、私の国。

姫であることも確かなこと。


でも、本当に、セラヴィと逢っていたのかしら。

あんな強烈なお方だもの、しかも愛をはぐくんだとあれば、思い出さないはずがないわ。



―――クリスティナ―――


そう。

夢の中で何度も呼びかけられていた。

おかしなことが起こったあの時も。


あの声の主は、やっぱりセラヴィだったのね・・・

私を呼び寄せようとしていたんだわ。

でも、どうしてなのかしら。

この名前は、幼い私の心には入ってなかったもの。


今も思い浮かぶのは違う名ばかり。

話を聞いてから幾度も記憶を呼び覚ます努力をしてみた。

私がそのクリスティナならば、約束をしていたお相手だもの、歩み寄らなければいけないと思うから。

今は愛していなくても、例え自分勝手な怖いお方でも、今はそう見せているだけかもしれないもの。

けれど、バルのそばにいたときとは違って、この城に来てからというもの、夢も映像も全く見られなくなった。

まるで心の奥底で思い出すことを拒否してるような

そんな気がする―――



ヒインコの唄うような囀りでハッと我にかえる。

やけに近くで声がすると思ったら、肩にとまっていた。



「どうしたの?今日は、もう帰った方がいいわ。もうすぐセラヴィが来てしまうの」