魔王に甘いくちづけを【完】

―――今まで、何も聞こえなかったのに―――


緩やかにサラサラと流れていく川。

日に照らされキラキラと光る水面。

澄んだ水の中に数匹の小さな魚が泳いでるのが見える。



ここは・・・あの庭の傍?

でも気候が少し違うような―――



「これは、邪魔だ」

「あ、ダメです。これがないと―――」


体から剥がれ、するすると逃げていく毛布。

そうはさせまいと端をしっかり握っていたのに指が解され、するんと抜き取られてしまった。

むき出しになった素肌が冷風に晒され一気に鳥肌がたつ。

寒い上に薄手の夜着は肌が透けて見えそうで、胸の辺りを隠すようにして自らの体を抱き締めた。

ガタガタ震えつつよく見て見れば、セラヴィは長い上着のようなものを着て悠然と立っている。


これは、ここが寒いって分かっていたってことよね。

自分だけ準備万端に着込んで来てて、私からは毛布を奪うなんて、酷すぎるわ。

仮にも妃だと思う相手にこんな仕打ちをするなんて。


「・・・寒いです・・・」


毛布は何処に消えたのかときょろきょろすれば、遠くの方で風と戯れるようにひらひらと浮かんでるのを見つけた。


・・・取りに行こうかしら。


「ふむ・・まこと、そそられる」

「は・・・そそられる?」



自分の耳を疑った。

何を言うのかしら、この方は。


何がそそるの?

私が震えてるのが?

やっぱり、この方はおかしいわ。


面白いものでも見つけたような表情をまじまじと見つめていると、来い、と言って腕を広げた。

ふわりと風に翻る黒い布はまるで翼のように見える。



「結構です。私はあそこで遊んでる毛布を取りに行ってきますから」



風に乗って、ひらひらくるんと動きまわってる毛布。

いかにも楽しげで、本当に生き物のよう。

もしかしたら“毛布よ、おいで”と呼べば来るかもしれない。



「貴方はそこにいて下さい。それと、不思議な力は使わないで下さい」



それを使えば言うことを聞くなんて思ってるのなら、大間違いなんだから。

ぷんすかきっぱり、これ以上貴方のお世話になりたくないとばかりに言って見せ、サクサクと長い草を踏みしめた。



毛布を手に入れてこのままずっと歩き続ければ、いつかはルミナに着くかしら。

もうラヴルの傍には置いて貰えないだろうけど、一目でいいから姿を見たい。

そして、もしも会うことが叶うならば、裏切ってしまったことを謝りたい。