魔王に甘いくちづけを【完】

カサカサと紙を弄るような音。


サラサラとペンを走らせる音も聞こえる。


目を開ければ、朝に見たのと同じ天蓋があって薄い布がふわふわと風に揺れていた。



―――ここは、セラヴィの部屋・・。

あれから、どのくらい眠っていたのかしら。


“お妃様。いけません、全部きっちりお食べください”


ルルカが準備したものは、フレアさんが作ってくれた薬食が懐かしく感じるほどに、美味しくなかった。

涙目になって拒否する私に、容赦なくナーダのようなことを言ったルルカ。


“今だけですから”


そう励まされたけど、本当なのかしら。

音のする方に目を向けると、そこにはルルカはいなくて、セラヴィがテーブルに向かって書類のようなものの処理をしていた。

目を通してはペンを走らせている様子はかなり忙しそうで、目覚めたことには気付いていないみたい。



「あの、お願いがあるんです」


そう話しかければ、書類から目を離さずに答えが返ってくる。


「ふむ、何なりと言え。出来る限りは叶えてやる」


「部屋を、変えてほしいんです」



ぱっと顔を上げて書類をテーブルに置いて立ち上がり、つかつかと傍に来て薄布のカーテンを開けた。

無言のまま見下ろしてくる表情は声には出さないけれど“何故だ”と言っていた。

黙ったままでいると、ぎしっとベッドが軋み、セラヴィの体がぐぐっと近づいた。

瞳に威厳を滾らせてじっと見つめてくるのでたじろいでしまう。



けれど、負けてはいられない。

あの部屋に戻りたい。

ヒインコのことも気になるし、動けない今となっては、誰も来ないあちらの方がゆっくりくつろげるように思う。

ここは、ヒトの出入りが激しそうだ。



「あ・・・えーっと、ここは、貴方の寝室でしょう。眠りの妨げになってはいけないわ。だから―――」


やんわりと切り出せば、セラヴィのきつめの声がそれを制した。


「貴女は、私の妃・・・いずれはこのベッドで体を合わせるのだぞ。癒しになりこそすれ、妨げにはならん」



―――妃・・・。

もうそれは決定事項のように言うけれど、私はまだ承諾していないわ。

そのこと、分かってるのかしら―――


「そうではないのです。貴方じゃなくて、私が眠れない―――」

「私の、貴女を心配する気持ちが分からんか。・・・だが、眠れんと言うのであれば、今は、意を叶えんとな。む―――暫し待て。空調を整える」


セラヴィの瞳がここではないどこかを一瞬見つめた後、毛布ごとふわりと体が浮き抱き抱えられた。



「他に願いはあるか」


「あ・・・窓を・・・窓を開けられるように―――――」


そう言ったのとほぼ同時に、例の如く視界が暗くなった。