魔王に甘いくちづけを【完】

真上にある老人のしかめっ面が目に映る。


・・・貴方、誰?

何だかどこかで見たような・・・。



「目覚められましたぞ」


ホッとした様な声と表情の老人が引っ込んでいって、代わりに眉根を寄せたセラヴィの顔が現れた。


「その様な状況であるのに、何故言わん。昨夜は随分危なかったのだ」


まこと人はか弱き者だ、すぐに治らんとは・・と呟きながら、長い指が首筋をすーと撫でていくその表情が何だか辛そうに見える。


「セラヴィ様―――」


急に違う方向から声が聞こえて来て、この部屋に意外にもヒトが沢山いることに気がついた。

多分、あの日見た従者の方たちだろう。



「セラヴィ様、お時間が迫っております」

「分かっている、先に暫し待てと言ったはずだ」

「は・・申し訳御座いません」



地の底から聞こえてくるような重低音の声に、従者の方たちが息を飲んで怯んでるのが伝わってくる。



「我が妃よ、政務に行ってくる。しかと栄養をとり大人しく寝ていろ。起きようなどと思うな。分かったな」



従者たちに向けられた声色とは違い、手を握って言ってくるそれは、とても穏やかなものに聞こえた。

返事をするまで手を離す気はないらしく、漆黒の瞳にじーっと見つめられ“返事をしろ”と無言の圧力が掛けられる。


「・・・はい」


妃じゃないわ、と心の中で呟きつつも返事を返すと、セラヴィはルルカの方へ向き直った。


「後を頼む」

「承知致しました。・・・貴方様も、薬湯をお忘れなく」


「ふん・・・分かっている」


ルルカは、薬湯の袋を奪うように持って出ていくセラヴィの背中を見送った後、くるんと振り返ってにこりと微笑んだ。


「さぁ、お妃様。我が特製の薬食を、お召し上がりいただきますぞ」


何故かとても嬉しげにそう言って、ドアに向かってパンパンと手を叩いた。

運んでくる侍女たちの鼻に皺を寄せた表情は、何だかとても嫌そうに見える。

もしかして――――?


ルルカの差し出すスプーンから、苦そうな、いやな臭いが漂ってくるのは、気のせいだと信じたい・・・。


「はい、お妃様、口をお開け下さい」

「き・・妃じゃないわ・・もぐっ・・」


・・と、入れられたものの味に、声にならない心の叫びが、息となって唇から洩れた。