魔王に甘いくちづけを【完】

時は経ち、この城に来て2回の夜が過ぎた。

初日の夜に着る予定だった瑠璃色のイヴニングドレスは、結局袖を通さずじまい。

一緒に夕食を取る予定だったセラヴィの都合が悪くなったそう。

この部屋には侍女も使用人も滅多に来ることがない。

セラヴィも政務が忙しいらしく、あれ以来一度も顔を見せない。

まったくの一人きり。


どうにも寂しく、沈んだ気持ちでソファに座り、床板の年輪のような模様をただ眺める。

予定もなく何もすることがなくて、手持無沙汰のままにぼんやりと時が過ぎていくのをこうして待つのだ。



このままずっと、夜が来て朝が訪れて、それを繰り返すだけの毎日をこの部屋の中で過ごすのかしら。

誰ともお話をすることなく、身支度を整えてくれる侍女とお掃除をしてくれる使用人が来ることだけを励みにして。



テスタでの監禁生活が思い出される。

窓もなく地下のような部屋だったあの場所に比べれば、ここは外の景色も眺められるし足も鎖に繋がれていない。

けれど、一度味わってしまった少しの規制はありながらも開放的で優しい日々が、アレよりもマシだと思わせてくれない。


ルミナの屋敷、ジークの家、バルの城宮。

何処を思い浮かべても、キラキラとした景色にあたたかい心と優しい笑顔に囲まれていた。

むっすりしたこともたくさんあるけれど、それも感情豊かに過ごさせてもらえた感謝に代わる。

けれどここには―――


・・・このまま心を閉ざせば・・・。

あのときのように、心を手放せれば楽になれる。

ラヴルのことも、リリィのことも、セラヴィのことも、何も考えずにいればいい・・・。

そうすれば、辛くない・・・。


そうして心を無にする努力を何度も試みるけれど、記憶をなくして何もない真っ白だったあの時とは違い、窓の外を見ても数々の美しい調度品を見ても何が目に入っても、皆の顔が浮かんでは消えていく。

だったら目を瞑れば・・と実行してみるけれど、却って鮮明な笑顔になってしまい“ユリアさん!”なんてリリィの空耳まで聞こえる始末。

ため息を吐いて苦笑する。


「これじゃ駄目だわ。これからどうするべきなのか、考えないとね・・・」


呟きつつ窓の外を眺める。

山肌には城の影が長くうつって、光がオレンジ色に染まり初めている。



「もう、夕暮れが近いんだわ。また、夜が来るのね」



この部屋には時計もないので、流れる時を感じられる唯一の手段がこの城の影だ。

この部屋は太陽の反対側にあるらしく、窓から日が差し込んでくることがない。