魔王に甘いくちづけを【完】

そんな―――

愕然として頭が真っ白になってしまい何も言い返せない。

ここまで、髪に触れられる感覚はずっと止むことがなく続いている。

耳元の髪が掬い上げられてはサラサラとこぼされ、後ろ髪は長い指先が梳き続けてるように感じてる。

冷酷な表情や迫力ある語気とは裏腹に、優しく感じるそれらに戸惑ってしまう。

短い時間の中でセラヴィが見せる様々な表情。

どれが、普段のものなのか・・・。



「知らないだろうが。私は、前から貴女を想っていた。このように実際に会い、ますます想いは強まり貴女しかいないと確信した。我が妃よ、私は、誰よりも貴女を愛しいと思う」



愛しい。

そう言ったセラヴィの瞳は愁いを含んでいて、今までの冷酷さからは想像も出来ないような優しい気が送られてくる。


「今の私には、貴女が必要でもあるのだ。必ず大切にすると約束しよう。この白く美しい肌も、その気高く気丈な心も、決して傷付けることはしない。誰にもさせない。私を愛し、受け入れよ。さすれば、この世界も貴女の友人も皆、健やかでいられよう」



セラヴィの瞳が私から離れて前方を見据えると、肩まである波打つ黒髪がさらさらと揺れ始めた。

それに付随するようにドレスと髪も浮きあがるように靡いて揺れるので、裾が捲れないように抑えた。

足元にある草もサワサワと音を立てていて、体の周りにだけ渦巻くように風が起こっている。

見上げれば漆黒の瞳が紅く染まり、掌は失われた庭の方へと向けられている。



振り返り見ると、黒焦げに焼けた土地にむくむくと緑が生え揃い、色とりどりの蕾が生まれては花開き、幾つもの木の芽が出てぐんぐん幹を伸ばしていった。

枝葉は豊かに生い茂り、ほんの数分の間に再生されていく庭。

焼けた臭いは消え去り、来た当初に感じたと同じ緑の風に乗り甘い花の香りが漂ってくる。

再び蝶が舞い始め、羽虫が忙しなく花の間を飛び回り始めた。



「これで、元通りだ。先程と寸分違わぬはず。ここは、貴女のために作ったもの。今より貴女に所有権がある。もう二度と壊さん。安心しろ」



頬に伸ばされてくる手がぴたと空で止まって、セラヴィの顔が歪む。


「・・・まだか。貴女は、いつ気を許す」


喉の奥から絞り出すような声、少し息が荒いようにも思える。

引っ込んでいくその指先が震えているように見えるのは、気のせいなのかしら。



「く・・ぅっ・・・」


呻くような声を出してセラヴィの体がふらついて一歩後ろに下がった。

倒れないよう踏ん張り、胸を押さえて唇を引き結んで苦しそうに息を吐いている。



「どうかしたのですか!?胸が苦しいのですか?」

「む・・何でもない・・・時間だ。戻るぞ」