魔王に甘いくちづけを【完】

「私が下まで連れて行こう、ここへ来い」


こう言って、セラヴィは腕を広げてきた。

意味が分からなくて広げられた腕と微笑む顔をまじまじと見つめてしまう。


「そこに?」


どうして?


「以前と変わらずに、貴女は脚が弱いのだろう。危険だ。下へは連れていくから安心するといい」


ほら、と私に抱かれろとばかりに一歩こちらに歩み寄る。

きっと、ケルヴェスからの情報に違いない。

あの方、何て言ったのかしら。


「それは結構です」


手振りを加えてビシッときっぱり断ると、瞬間ムッとした表情を見せたセラヴィは、頑なにも「私が連れていく」と言い張った。

何度断っても。

有無もなく強引にしてこないから、それだけが救いだけれど――――




「その呼び方はやめてください。私は貴方の妃ではありません。それに、お気づかい下さらなくても階段くらい自分でおりられます」


「そうではない。貴女の体の状態は分かっている。もう、観念しろ。此方へ来い」


どうしてこんなにしつこいのか。まるで根比べだわ。

絶やさず微笑む顔を見れば、何だか愉しげにも思える。

近寄る分だけ後退りをしていると、腰がテーブルの角にぶつかって、カチャ・・と小さな音を立ててドキリとする。

そこには、さっき見つけたアレが置いてあるのだ。

バルの城宮にはなかった物。

ヘカテの日、用心深くもアリが隠してしまった物。

見つかったら取り上げられてしまうかもしれない。

ドキドキしながらもそろりそろりと手を動かしていると、漆黒の瞳はそれを見逃してはくれなかった。


「ん・・・貴女は、何を隠し持っている?」


テーブルがすーと横滑りしていき、背中側にあった腕が勝手に前へと動いて目線と同じ高さに掲げられた。

滑らかな刀身が光りに当たって鈍い光を放つ。


「ふむ・・ペーパーナイフか。それを、どうするつもりだ?何を考えている」


貴女に手紙など届いていないだろう、と少しだけ鋭くなった瞳が私を見つめる。

上に立つ立場特有の、全てを見透かそうとする気が感じられる。

もしかしたら、本当に王様なのかもしれない。



「どうするつもりもありません・・・装飾が、美しいので興味を持っただけです。・・手首が痛いわ、離して下さい」

「む・・・悪いが、此方に貰っておこう」

「ぁ、ダメ・・・」


力いっぱい握りしめていたはずなのに、スルンとすり抜けた刀身がセラヴィの元に真っ直ぐに飛んで行く。

体に辿り着く寸前にふわりと宙に留まったそれを手に取り、長い指先が刃をツーと辿った。