魔王に甘いくちづけを【完】

と、ひとしきり笑った顔が急に一転し、真面目な声で「アリ何があった」と言ったと同時に、「失礼します」と姿を現したアリが耳打ちを始めた。


いつも冷静なアリの表情が少し違って見える。

強張ってると言うか、只事ではない雰囲気が伝わってくる。

穏やかだったバルの表情もどんどん険しくなっていって―――

ぼそぼそと会話を続ける二人の様子がおかしい。

隣でにこやかな笑みを浮かべていたマーズの手も、ショーケースの上で小刻みに震えていた。



―――もしかして、二人の会話が聞こえるのかも。



「お前はそのまま石を選んでろ。・・・少し、出てくる」

「バル、何かあったの?お願い、教えて」

「大したことじゃない。お前は何も心配するな。すぐに戻る。ジーク、彼女を頼んだぞ」

「はい。バル様、お任せ下さい」



アリと共に通ってきた道筋を逆戻りしていくバルの背中を見送りながら呟いた。



「ジーク・・・私も、外に行くわ」

「待て!お前はここにいろ。バル様ならすぐに戻ってこられるから」


追いかけようと駆け出したら腕が掴まれてしっかりと制された。

ぐっと力の入ったジークの手は振りほどこうにもびくともしない。

引き留める表情もいつもより硬いし声にも迫力があった。


マーズの様子も気になる。

薄暗い中でショーケースの灯りで照らされる彼女の顔色は酷く青ざめて見える。

何だか凄く嫌な予感がする。

とても恐ろしいことが起こっているような。

私の気のせいなの?



「お願い教えて、ジークなら分かるのでしょう?外で何が起こってるの?バルは何をしに行ったの?」


いつも穏やかに光るダークブラウンの瞳は、微かに揺れているよう。

私だけ分からないなんて、そんなのはもう嫌だわ。

必死な思いを込めて見つめながら詰め寄れば、眉間に皺が刻まれて苦渋の表情になった。



「・・・バル様はお客様の相手をしに行かれた。それしか言えん」



―――お客様・・・って。

こんなところに誰が来ると言うの?

あの冷静なアリが焦ってるように見えたわ。


ただ事ではない、普通のお客様ではないってことは、私にも分かる。