魔王に甘いくちづけを【完】

産業の中心地に向かってるわりには、結構な遠出に思える。

窓の外に流れる景色は緩やかに進み、だんだんに家並みがまばらになっていく。

城宮の部屋から遠くに眺めていた山並みがどんどん近付いて来ていた。

近くで見れば結構な高い山々。



「高いだろう?あの山のお陰で、他国からの侵略を免れているんだ」



耳元で囁くように話されるのは、私の腰にずっとバルの手が添えられているせい。

手が塞がっていて、少しの揺れで椅子から転げ落ちそうになったからこうなった。

安全を考えて、たまに激しく上下する馬車の揺れにすぐに対応するため。

深い意味はない、と思う・・・。



外はもう出発時と違ってて、あんなに降っていた雨も止み、分厚かった墨色の雲が薄くなって日が雲間から覗き始めた。

雨に濡れた木々を照らしだし、玉のような水滴に当たり目にまぶしいほどにキラキラと輝く。

雲が風に流され、澄み渡る空の青色と木々の緑色が混ざり合って煌く様は清々しくてとても美しく映る。

草原の上、山の上空、小さな家にある庭、と。大小様々な七色の虹がいくつも姿を見せる。



「綺麗だわ・・・こんなのはじめて見る」



自然に口をついて出た言葉から、本当に初めてみるのかもしれないとぼんやりと思う。

外を出歩くのもはばかれる生活をしていたようだから。



「この国の雨は空気を清めるものだからな。降った後は全てが美しくなる。王が天候を管理するロゥヴェルとは違い、ここでは、瑠璃の森の意思が雨を呼ぶと言われている」



瑠璃の森。

美しくて不思議な空気に満ちていた場所。

甘く切ない歌声を聴いたことをおぼろげに覚えてる。

傷の痛みとすぐに眠ってしまったおかげで、どんな歌だったか分からないけれど。

あそこにはもう一度行きたい。

フレアさんにも会いたい。

よく考えれば、お礼もお別れもいえずに城に来てしまったもの。

沢山お世話になったのに。



「バル、今度森に連れて行ってくれる?」

「分かった。今日は逆方向で無理だが、そのうち連れて行こう。・・・ほら、此方を向け。そろそろ着くから」



くるんと体を反転させられバルの方を向けば、うむ・・・と呟いたきり黙りこくってしまった。

どうも何かを悩み始めた様子。

ブラウンの瞳は、体にグルグルと巻かれてる灰色毛布に定められてるようで・・・。



「バル?どうかしたの?」

「・・・いや、その。・・・それ、自分で取れるか?」

「それ、って?」

「すまんな、その毛布だ。まぁ、俺が巻いたんだが―――・・・。この今の環境と精神状態。流石に今の俺にそれを取る行為はしかねる」



自分で取れるかと聞かれたので、取ることが出来ない心の状態って一体どういうことなのかと、頭の中に疑問符を浮かべつつも体や腕をもぞもぞと動かしてみる。