魔王に甘いくちづけを【完】

―――もしかしなくても、これはご機嫌斜めよね。


ふわふわと揺れる柔らかそうなブラウンの髪と一緒に、軽く馬車までもを覆ってしまいそうな大きな紺色の傘が目に映る。

そもそもこれを傘と言っていいのだろうかと迷うそれの下で、しっかり抱えてスタスタと歩く腕の主を見る。


眉間に皺を寄せていて唇は真一文字。

漂ってくる気はちくちくと尖ってて、どう考えても怒ってるように見える。


ドレスを濡らしてしまったのがそんなにいけなかったのかと考えると、こんな日に出掛けようと言い出したのは貴方じゃないのと文句を言いたくなる。

この天候で貴方は暇になってしまったかもしれないけれど、皆はやるべきことがあったのよ?と。

反対意見を聞かず我儘を通すところは、ある意味王子様らしいといえばそうだけれど・・・。



「アリは十分に役目を果たしてくれたわ。彼のお陰で被害は少なかったのよ。だから叱らないで下さい。それに、私は歩きたいわ。バル、下ろして?」

「駄目だ。俺には、とても見過ごせん」



下ろして貰えるどころか却って腕に力が入ってしまい、グィッと寄せられた目の前に逞しい胸が迫る。

ちょっと押してみると更に力がこもり、バルは何も言わないけれど腕は絶対に下ろさないことを主張していた。



―――見過ごせないって、何のことかしら?

やっぱり、あれのこと?

城に来たばかりの頃に階段で起こったことが思い出される。

あの時はまだ治ったばかりだった。


・・・確かに、怪我をして以来歩くのが下手になった自覚はある。

お部屋の中から出ずに過ごしていたせいか、長い距離を歩く自信はもうない。

ゆっくりともたついてるから、イライラしてしまうのも分かるわ。

でもだからと言って抱えられてばかりいては、ますます歩くのが下手になってしまう。


―――全行程―――

ってことは。まさかお出掛け中もずっとってこと?

困るわ、バル。それは、過保護というものだわ―――



つらつら考えてるうちに、馬車の乗降口はどんどん迫ってきてる。

何事も最初が肝心。

今歩かなければ、行く先々事あるごとに抱えられてしまいそう。

折角の城下だもの、雨とはいえども地に足を付けてしっかり満喫したいと考えるのは、私の我儘なのかしら。



「お願い、待って。バル、ここなら濡れないでしょう?折角の外出だもの。自分で馬車に乗り込みたいわ。だから―――」

「すまんが、その願いは却下する」