魔王に甘いくちづけを【完】

転べば折角のドレスもセットした髪もびっしょりと濡れてしまい、もし体に傷の一つでも作ればバルが心配して外出を取りやめると言いかねない。

ただでさえ皆が振り回されてるのに―――――


もうダメだと目をぎゅっと瞑れば、いつまでたっても期待する衝撃はなく。

目を開くと素早く動いたアリの腕に受け止められていた。

ということは、傘は?と見れば、衛兵がしっかりと持っていた。

事なきを得るも、ドレスの裾が水溜まりに入ったのに気付き、心の中で思い切り悲鳴を上げる。



「ふぅ・・・まったく。と、そうですね、うっかりしていました。貴女様は歩くのが苦手でしたね。・・・ドレスは濡れませんでしたか」

「裾が、ほんの少しだけ濡れたわ。でも出掛けるには支障がなさそうよ。アリ、どうもありがとう」


濡れた裾を絞ると、水分が指の間からじわーっと出てくる。



「仕方ないですね・・・衛兵、宜しいですか。今から聞くこと見ることに対しては目を瞑っていて下さい」

「―――っ・・・承知致しました」

「全く、だからこんな日に出掛けるなど反対したのです。貴女様に申し上げておきますが、そこを通り過ぎるまで、です」


宜しいですね、と指差す方向を見れば、黒い石が雨に濡れ艶々と光ってる。


「・・・はい?」


見るからに滑りそうなあれを、アリはなんとかしてくれるというのだろうか。

いつもの無表情な瞳をぼーっと見つめてると、それがスッと下に沈み込み脚が浮かされ視界が横転し朱色に染められた。


「な・・・アリ?」

「静かに。騒がないで頂くよう願います。急がなければ。衛兵行きますよ。しっかりついてくるように。濡らしては元も子もありません」



この衛兵に目を瞑っていろと言っても、他からはまる見えじゃないのだろうか。

と、心配する間もなく、耳に風の音が届いたと思ったら、すとん、と地面に下ろされた。

見れば黒い道は遥か後方にあって・・・。


今、走ったの?


少し息を乱した衛兵に対して、アリのそれは平静なもの。



「いつの間に通りすぎたの?」

「それは、以前秘密だと申し上げました。・・・そこの角を曲がればバル様がお待ちしています。さぁ、行きましょう」



アリの言う通り、角を曲がってすぐのところに馬車が止めてあり、バルが此方の傘よりもさらに大きな紺色の下で待っていた。

柄は四隅に配置されていて、どうやって畳んで持ち運ぶのだろうかと疑問に思う。



「お待たせいたしました」



そこの隅に立つバルに対し裾を摘まみあげて挨拶すれば、形のいい眉根が寄せられ低音の声で命じられる。



「こちらへ来い。濡れたか・・・慣習に従わず、私が迎えに行けば良かったな。全行程こうしてあげられた」



再び視界が揺らぎ、抱き上げられたことを知る。



「アリ、これからは私を呼べ」