魔王に甘いくちづけを【完】

翌日のナルタ繁華街の市場で、ラシュの実を売るべく準備をするビリーとクルフの姿があった。

前日に獲った獲物と一緒に小さな籠に入れて並べる。


「おい、昨日言ってた爺様の話、本当だと思うか?」

「信じられねぇけど・・・先祖から伝わる話ってことは、実際にそうなんだろぉなぁ。取りあえず、逃げるにしたって金貨が必要だろぉ?さっさと準備して売ろうぜ」


ビリーは作業の手を止めてしまったクルフを急かし、自身は釣り銭の最終確認をした。


兎に角全部売っちまって、もう一度話し合わねぇとな。

爺様の取り越し苦労ってこともあるからなぁ。

昨夜のことを頭の中で反芻し、苦笑した。

何しろ震えおののく爺様を寝かせるのに苦労したのだ。

まったく、なんて事だろ―――――・・・



“に・・逃げるって言ったって、何処へ。何訳わかんねぇこと言ってんだぁ?”

“最近は安泰してたからお前たちは知らんのだ・・・あぁ・・悪いことは言わん。魔王様の御膝元、ケルンに逃げた方がいい。とりあえずここに居るよりマシだ”



んなこと言ったって、はいそうですかと、簡単に出来るわけねぇだろぉ。

ここからケルンまでどんだけあると思ってんだよ。

モリーは身重だぜ?

ったく、いくら魔王様がご病気だからって、関係ねぇ。

ここはなんてったってナルタだ。

あのゾルグ様が管理しておられるじゃねぇか。

心配ねぇよ―――



ぶつぶつ呟きながらも小銭箱を整えてると「あらぁ、まぁ!」と女性の声が聞こえたので振り返れば、エプロン姿のご婦人がつぶらな瞳をキラキラ輝かせていた。

隣をチラッと見れば、クルフも生き生きとした顔で接客を始めている。



「いらっしゃい、オジョウサン。どうだい、いいだろぉ?」

「ちょいと、あんた、これラシュの実じゃぁないか。一籠おくれよ」

「まいどありぃ」


「お、いい匂いがすると思えば。これはいい土産ができたぞ。いくらだい?」



あちこちからどんどん手が伸ばされ、準備するそばから売れていく。



ほら、誰も何も言わねぇじゃねぇか。

やっぱり何でもねぇんだよ。

街も道行く奴らも普段と何も変わらねぇ。

爺様も心配性だなぁ。



不安が吹き飛び、ホクホクと頬を上気させ気分が高揚していく。

いつもの愛想笑いではなく心からの笑顔が弾ける。

小銭箱の中にはかつてない金貨の山。

残り二籠になった時「全部くれ」と言った大きな手が金貨2枚を差し出していた。



「ありがとよ!最後だぁ、おまけするぜ!」



上機嫌に袋と釣りを準備してる間、大きな手の主はすでに店から去っていた。

相手は二つ先の店の前を通り過ぎていく。




「・・・っと、おい!ちょっと待・・・ったく、もうあんなとこに行っちまってる。しかも、籠ごとかよぉ。仕方ねぇなぁ」



釣りは籠代だなと、自らを納得させ、頭をボリボリ掻きながらビリーは細身な背中を見送った。