魔王に甘いくちづけを【完】

クルフは難産に何時間も苦しんだ妻の様子を思い出し、顔を歪めて首を横に振った。


「ありがとう、クルフ。もう5カ月になるんだっけ。可愛いでしょうね、今度お家にお邪魔するわ。参考に、いろいろ聞きたいし」

「あぁ、いいよ。是非、来てくれよ。育児ストレスで死にそうな顔してるから、いい気晴らしになるだろ」


茶目っ気たっぷりな笑顔を見せ、モリーにウィンクをするクルフ。


「おい、クルフ、部屋に行くぞ。早く話しあわんと。帰れんぞ」

「あぁ、今行くよ」


「・・・あ、じゃぁ、お茶を持っていくわ。待っててね」



機嫌良く鼻歌を歌いながらお茶の準備を始めるモリー。

この幸せな家族の雰囲気を破り、不安の底に沈めたのは、爺様だった。




「ん?この匂いは・・・・これは・・・ビリー・・」



にこにこと柔らかい笑顔で一連のやり取りをじぃっと静かに見ていた爺様。

ぶつぶつと呟いたかと思えば、ガタン!と音を立てて椅子から立ち上がった。

よろよろと籠に近付き、中の実を見つめ渋い表情を浮かべる。



「・・・ビリー、これはラシュの実じゃぁないか。・・・一体、どこにあった?どこで採ってきた?」


「もちろん、森の中さぁ。明日売るんだ。爺様、邪魔しねぇでくれよぉ?早く相談しねぇと。行こうぜ、クルフ」



爺様の様子に構わず、うきうきと満面の笑顔のビリーとクルフに対し、ぷるぷると手の震えが止まらない爺様。



「ビリー・・大変だぞ。・・・ラシュの実だぁ?おととし生ったばかりじゃねぇか。まだ早すぎる。この他に何か見んかったか・・・」


「・・・?何言ってんだぁ、爺様。別に何もなかったぞ、なぁ、クルフ?早いのはちょいと前に降った長雨のせいじゃねぇか?」



ビリーがクルフに同意を求めればうんうんと力強く頷く。

確かに、二人は何も見ていない。



「それに、この実が生るなんざ、予測不能でいつものことじゃねぇか。モリーの体に障るだろぉ?ったく、爺様、変な冗談やめてくれよぉ。ほら椅子に座って。顔色悪いぜ」



うんざりした口調で爺様を窘め、体を支え椅子に進めるビリー。



「そりゃぁ、魔王様の世が安泰な時だけだ・・・今は、違うだろうが。ビリー、クルフも。お前たちはまだ若い、これからだろう。ここから逃げることを考えた方がいいかもしれんぞ・・・嫌な予感がする」



「は・・・?逃げる?」



あまりの爺様の言葉。

意味が全く分からず、長く生きてきた者には従えとは言うけれど―――と、3人は不安な面持ちで互いの顔を見つめ合った。