魔王に甘いくちづけを【完】

同じ頃。

場所は変わり、ここは魔王の住む国ロゥヴェル。

夕闇せまる茜色の空が広がり、水面を渡った冷たい風が吹き込む美しいナルタの街。

人々が寒さに肩をすくめて家路を急ぐ姿がちらほらあり、傍目には平和に見えるゾルグの管理する街だ。

この街のはしっこにある森林の奥。

管理の目も行き届き難い場所。

ここに、少しの異変が起きていた―――





「ビリー、そろそろ帰らんと日が落ちるぞ」

「あぁ、ちょっと待ってくれぇ。これを採ってからだ」



ビリーと呼ばれた男は、人待ち顔の不機嫌な男にひらひらと手を振って見せ、目の前にぶら下がった木の実を見て、ぶつぶつと嬉しげに呟いた。



「こいつは珍しいぞぉ。ラシュの実だぁ。モリーが喜ぶぞぉ」



クククと喉の奥で笑い、熟した実をせっせと篭の中に入れ始めた。


「おい、ビリー。何だよ、言ってくれよ。独り占めする気かよ」



それに気付いた男も走り寄り、文句をひとしきり言いつつ木の実に手を伸ばした。

ラシュの実は甘くて美味しいが、数年に一度程度しか実をつけないという貴重な物だ。



「まさかこんなとこに生ってるとはなぁ、知ってたか?」

「そんなこと知るかよ。知ってたら一人で採りに来るだろ」

「そりゃそーだ」



ガハハと笑い合い、実をもぐ手は止まることなく動く。


市場で売ればたんまりと儲けることが出来るぞぉ。


そんなことを考えつつ、暗闇迫る森の中で光が要らないほどに、二人とも目をランランと光らせていた。



「こいつはいいぞぉ。好運だったなぁ、いつもと別の道通って正解だっただろう」



うきうきワクワクとした気持ちを抑えきれず、クククと笑いながら籠の中を覗き込む。

頭の中はすでに金貨の山にうずもれた自分がいる。

実際にはそんなに儲けることは出来ないのだが、普段にないことに二人とも浮足立っていた。

そのため、背後の異変に全く気付くことが出来ない。



ズズズズズ・・・と小さいが地響きのような不気味な音がしているのにもかかわらず、気付く様子が全くない。


二人でニヤニヤしながら籠を覗き込む。

ラシュの実が生る、そのもう一つの意味をこの二人は、まだ知らない。




「おい、早く帰ろうぜ。お前の家で売る算段を始めねぇと」

「だな、急ごう」



いそいそと小走りに森の中を家へと急ぐ。

その二人の背後にあったもの。

美しい緑あふれる森。

その一部分に、異変が起きていた。