魔王に甘いくちづけを【完】

「まぁ、そんなに沢山あるのですか。おばば様は、随分とお料理が得意だったのですね?」

「うん、おばばさまのつくったものは、どれもおいしいくて、だーいすき。すっぱいものは、あんまりたべれなかったけど・・・がんばってたべたんだよ。だって、おばばさま、こーんなかおしておこるんだもん。・・・あの・・エリスは・・・グーズベリーパイ、つくれる?」



一番大好きなパイ。

グーズベリーが取れる季節になると、よく作ってくれた。

おずおずと聞けば、エリスは困った顔になって首を傾げた。



「・・・作るのは、私ではありませんの、専属のコックですわ。でも・・姫様のためですもの、これから練習致しましょう」


「何!?エリス、本当かぁ?お前の不器用さは有名だぞ?」



からかうような口調の声がエリスに投げられる。

愉しげな笑い声で部屋の中が満たされる。

くるん、と振り向いたエリスはすくっと立ち上がって腰に手を当て、金髪の人に向かって声高々に言った。



「あら、騎士団長様、言ってくれますわね。私にだって出来ますわ。えぇ、グーズベリーパイくらい何だと言うのでしょう。頑張りますとも!」


「ほんとう?つくってくれるの!?エリス、だいすき!!」


「エリス、女に二言はないぞー?姫様、良かったですな?」

「うん!」



金髪の人の声・・・エリスの声。


・・・・皆の笑い声。


優しい人たち・・・。




――――お父様・・・エリス・・・―――




「これは――――バル・・・・これは・・・・これは――――」



胸が詰まってまともな言葉が出ない。

呟きながら顔を上げると、バルは穏やかな微笑みを浮かべて静かにそこに立っていた。



「何か、思い出したか?」


頷きながら胸に抱いていた紙をもう一度見る。

髭の生えた立派な男性の立ち姿と、その前に椅子に座って微笑む若い女性が描かれている。

これは、どう見ても私で、髭のお方はお父様。


「今、子供の頃の私が、見えたの」


そう、かなりはっきりと。


「名前は?思い出したか?」