魔王に甘いくちづけを【完】

そう言えば、周りからため息交じりの言葉にならない声が漏れ聞こえてきた。

目の前のお姉さんは、哀しげに顔を歪めて俯いた。

でもその後すぐに上げられた顔は、零れるような笑顔が作られていた。

そして、優しく言い聞かせるような口調が向けられる。



「まぁ、姫様。何てことを仰るのでしょうか。このエリスにその様なことを聞いては駄目ですわ」

「やっぱり、こわいの・・・・そうだよね、ごめんなさい」


「姫様、違いますわ。全く、全然、怖く御座いませんわよ?こんなにお可愛らしいのに、何処が怖いと言うのでしょう。そして、誰が怖いと言ったのでしょう。まったくもって、許すことが出来ませんわ!」



おばば様と同じことを言ってくれたお姉さんの顔をじっと見つめると、目を逸らすことなく返してくれる。

大人の人に話しかけると、誰もが目を逸らした。

おばば様意外、誰もまともに見てくれなかった。

でも、今、ここにいる人たちは。



「ほんとう?こわくないの?わたしとなかよくしてくれる?エリスはぜったいはなれていかない?」



矢継ぎ早に一生懸命に問いかける私は不安たっぷりな顔をしていたのだろう、包み込まれていた手が両手でぎゅっと握られた。



「えぇ。勿論本当で御座いますとも。決してお傍を離れませんわ」



力強い光を持った真剣な瞳とはっきりと発声された声が、心まで届いてくる。


「うん・・うん・・・ぜったいだよ」

「えぇ、約束、ですわ。お傍を離れません。エリスは絶対に姫様をお守り致します。さぁ、こんな風に指をお出し下さいませ」


「えっと・・・こう?」



戸惑いながらも見本通りに人差し指を立てて差し出せば、幼い小さな指にエリスの細い小指がくるんと絡められた。



「指きり、ですわ。ご安心ください。もう約束は破られません。・・・さぁ、もっと仲良しになるためにも、姫様のことお聞かせ下さい。先ずは、そうですわね・・・お好きな食べ物は何ですか?」


「すきなたべもの?たーくさんあるの。おばばさまのつくってくれたグーズベリーパイでしょ。それに、こくとうパンでしょ。それから、えっとね―――・・・」



指折り数えて思い浮かぶ物全部を並べ立てれば、クスクスと笑う声が聞こえてきた。

王様を始めとした、皆のにこにこ笑顔が私を見下ろしている。

それまでどこかそわそわとして、よそよそしく感じられた部屋の中の空気が、和やかなものに変わり始めていた。