魔王に甘いくちづけを【完】


「後ろ盾など何も必要ないんだ。ただ、お前が傍にいてくれればそれでいい。断りの言葉なら、今は生憎と聞く耳を持ってない。それでも何か言うのであれば、俺にも考えがある」



―――そんなの、ずるいわ。

自分の気持ちばかり伝えてくるなんて―――



脅すような言葉。

相変わらずの強い態度。

あのときから全く変わっていない。

これからはそうしないよう努力するって、言ってたのに・・・。



身動ぎをすれば体を包む腕が強まる。

結った髪の上で感じられる吐息からは、溢れるほどの気が伝わってくる。

熱い想いが。



「俺は、お前の本当の名を呼ベる様になった時、正式に申し込みをする。それまでは何も言うな。答えるな。ただ俺の傍にいろ。俺が、守ってやるから」


・・・バル・・・貴方みたいな立派な方に望まれるのは、とても喜ばしいことだわ。

けれど・・・。





『―――いいか、姫よ。立派な王である方に望まれるということは、光栄なことなのだよ。強国に嫁ぐということは王家の者の・・・姫の、務めなのだ―――』






聞いたこともない男性の声が、頭の中に急にぽっかりと浮上し何度も木霊する。

親しげな、優しく諭すような口調。

これはもしかしてもしかすると・・・お父様の声?


探るように意識を集中してみても、その言葉以上のものは何も見えてこない。

ハッと我にかえれば、逞しい腕がギリギリと体を締め付けていた。



「バル、苦しいわ。お願い・・・離して。もう何も言わないから」


「あぁ・・・すまん。つい力を入れてしまった、加減が難しいな・・・・。俺は、自分でも我儘だと分かっている・・・。だが、どうにもこの想いだけは止められんのだ。後でいくらでも罵ってくれて構わん。だが、今は静かに、何も言わないでいてくれ」



次第に腕が緩められていき、肩が押されてバルの体が一歩離れた。

おもむろに上着の懐に差し入れた手が何かを掴み、ガサと音を立てる。




「――――お前に、渡したいものがある。これを・・・旅の、成果だ」



男らしい節の張った長い指が摘まんでいるのは、所々端が欠けてる古びた一枚の紙。



「何もかもを略奪され、目につくものはほとんど燃やされていたが、なんとかこれを見つけてきた。受け取ってくれ」