魔王に甘いくちづけを【完】

熱の籠った腕が伸びてくる気配がする。

拒む意味も込めて首をふるふると振りながら一歩後退りをすれば、すかさず間合いを詰められた。

金色に輝く瞳。

意を固めたバルの表情は怖いほどに真剣で―――



「―――バル・・・何を言うの?やめて・・・困らせないで。そんなこと――――」



これから先に紡がれる言葉を聞きたくなくて、耳を塞ごうと両手を上げる。

と、手首をがっしりと掴まれて阻まれた。

逃れたくて手を振るけれどそうはさせないとばかりに却って強く握られて、腰を引いて後退りをすればバルの体も一緒についてきた。


それを繰り返していると隅に追いやられて、テラスの柵が背中に当たった。



バルの気持ちは薄々感じてはいた。

周りの人たちから掛けられる言葉。

ジークの反応。

妃候補のことも半分は本気なのかも、と思ったこともある。

けれど、それらから目をそむけて違う方へ考えるよう努力していた。

――――逃げていた。


だって、私はバルの気持ちには応えられないんだもの――――


耳も体も逃れることが出来ないのならせめて、と顔をそむける。



「強引にしてすまん。だが頼む、聞いてくれ。俺はこの国の王子だ。望めば彼と話をする場を設け交渉することが出来る。――――俺があの時知りたかったことの残り一つは、お前が完全に彼のモノであるかどうか、だ」

「―――どういうこと?完全って・・・何・・・」



バルの言葉にハッとして顔を上げる。

辛そうに眉根を寄せるバルの顔が瞳に映る。


・・・貴方は、私の気持ちを知ってるの・・・分かってて言ってるの・・・?



「吸血族の男が、一生を共にすると決めた相手にする儀式がある。お前のこの様子だと、彼はまだそれをしていない」


「儀式・・・?」



そんなこと知らない。何のことか分からない。

腕に入れていた力が抜ける。

ずっと振り解こうとしていたけれど、だらりと下げてバルの手の中に預けた。



「知らないと言うことは、していない証拠だ」



大きな手がゆっくりと離され「痕が付いたな、すまない・・」と呟きながら、自らがつけた手痕で真っ赤になった手首をそっと摩り始めた。