魔王に甘いくちづけを【完】

冷たい夜風が心地よく肌を撫でる。

小さな雲が時折月を隠し、テラスに柔らかな影を落としながら通り過ぎていく。

城を包む柔らかな空気。

空の神が王子様の帰還を喜んでいて、国中をあたたかな気で満たしているのかしら。

それとも、バル自身の気がこの城を包み込んでいるのかしら。

瑠璃の森で幾度も触れた、大きく包み込むような優しい気に似ている。

これに触れていると、荒れていた心の波が自然と静かになっていく。

軽い眩暈を起こしていた体も、すっかり元に戻っていた。



「バル、ありがとう。もう平気よ」


体を気遣って支えてくれてる優しい腕を、そっと押した。



「本当に、もういいのか?」



身を屈めたバルのブラウンの瞳が心配げに覗き込む。

手は、まだ背中に当てられたまま。

3度目に言った、半ば呆れを含ませた「もう平気よ」で、漸く手が離された。

けれど、ゆっくりと移動した手は中途半端に差し出されたままで、少しでもふらつけば何時でも支えられるようにしている。

視線も様子を窺うようにじっと定められたまま。

心配性なのは性格だから仕方のないことだけれど、これでは王子様の威厳が形無しだわ。

気を逸らせるためにも、話題をふってみる。

このままではいつまでも心配していそうだもの。



「・・・旅のお話はもう終わったの?」

「あぁ、俺の話はルーガルの歌に負けたよ。彼は国一番の美声の持ち主だからな。一国の王子の旅話などでは奴には勝てん」

「まぁ、そうなの?・・でも声ならバルも負けてないわ。一度皆の前で歌ってみたら?案外勝てるかもしれないわよ」

「そうか?お前がそう言うなら―――――・・ああ~あー・・あぁやはりやめておく。俺ではただの遠吠えになりそうだ」



少しだけ歌う真似をして、肩をかっくりと落としておどけてみせたバル。

その表情が、何とも可笑しい。

凛々しい眉も目も、おまけに口角までもが下がってしまってる。

あまりにもショボンとした姿。

懸命に耐えていたけれど、プッと噴き出してしまった。

一度笑いだすと、こんなことで笑ってる自分が可笑しくなってしまい、更に笑いを呼ぶ。



「そんなに可笑しかったか?」


そう尋ねるバルに、瞳に滲んだ涙を拭きながら頷いて


「だって、王子様なのに・・」


と、笑いながら返事をすると釣られてバルも笑い出した。


静かな夜のテラスは、二人の楽しげな声で満たされる。

ひとしきり笑ったあと、平和だな、いいものだ・・と呟いてバルは空を仰ぎ見た。