魔王に甘いくちづけを【完】

すっかり日が落ちたラッツィオの国。

今夜も綺麗な月が浮かび、柔らかな光を城宮の屋根に落としている。


ジーク達に命を助けられて保護されて。

訳の分からないままこの城に来て、この部屋から幾度月を眺めたかしら。

何度貴方のことを思ったかしら。

記憶のない私に名前を付けてくれた貴方。

私の、ただ一人のご主人さま。

貴方と一緒にいた時間よりも、離れている時の方が、長いなんて・・・。



“記憶が戻るきっかけになるだろう”


確かにここに来てからというもの、記憶の映像は色濃くはっきりと見えるようになっている。

身のこなしや常識的なこと、そういうものもルミナの屋敷にいた頃よりも自然に出るようになった。

祖国が『カフカ王国』だということが分かったのもここにいたおかげ。


心のあたたかい人たち。

どれだけ感謝しても、し尽くせないほどの恩をいただいている。

私は、どうしたらこの恩を返せるのかしら。



“帰ったら、大事な話がある”


とても真剣だったブラウンの瞳。


話って何かしら。


心が、騒ぐ―――




「失礼致します。ユリア様、王子様が来られましたわ」

「ありがとう・・・お迎えするわ。お通し下さい」



室長がドアを開け放ち壁際に寄って居住まいを正す。

ボブさんは脇に寄って直立不動の姿勢を取ってる。



「留守中、警護ご苦労だった。今日はもう休め」



そう労われて緊張したのか、山のような大きな体が岩のようにカチンと固まってるのが見てとれる。




上質なパーティ用の服に身を包んだ、威風堂々とした佇まい。

久しぶりに姿を見れば、この方は王子さまなんだと改めて気付かされる。

スタスタと近付いてくる間、逸らされることなく見つめてくる優しい瞳。

少し手前で止まったのを確認して、ドレスの裾を少し上げて膝を折って挨拶をする。



「王子さま、お帰りなさいませ」

「うむ―――元気にしていたか?」

「はい、おかげ様で健やかに過ごさせていただいています」

「・・・それは、良かった」



瞳を伏せたまま定石通りの会話を交わし顔を上げると、ブラウンだった瞳が金色に変わりつつあった。



「―――室長侍女は下がっていろ」

「畏まりました」