魔王に甘いくちづけを【完】

いつも通りにしようとして、自らの恰好思い出して止める。

雨と風に吹かれた厳しい旅の埃、そのままの姿。

普通なら、とてもこのままで城中を歩けるようなものではない。

ましてやハグなど―――


閉じた扇をバシバシとてのひらに当てながら此方を見ている。

王妃が怒ってる時の癖だ。

こういうときは反論せずに聞いていた方が、事が早く済む。



「そんなことはよろしいですのよ。

貴方、こんなところでゆるりとしていてはいけませんわ。

早くユリアさんにお会いにならないと。

彼女がどんな気持ちで貴方のお帰りを待っていたと思いますの?

こんなときに旅に出かけるなんて貴方ったら、非常識にも程がありますわ

貴方がいない間、いろいろとありまして大変でしたのよ?

それなのに、彼女のけなげなこと。

貴方を怒らないでくださいと懇願してきましたわ。

全くいいお嬢さんで、貴方にはもったいないくらいです。

分かっておりますこと?」


王妃が一旦言葉を切り話し終えたのを感知し、すかさず言葉を挟む。



「大変とは、一体何があったのですか!?王妃、彼女は無事なのですか?」


此方の勢いに、王妃の瞳がパチパチと瞬く。


「えぇ、無事ですわ。

見た目はお元気です、けれど―――」

「見た目は?―――王妃、お小言は後程ゆっくりとお聞き致します。今は、失礼致します」


「えぇ、そうするのが宜しいわ」


手入れの行き届いた美しい指先に軽くキスを落とし、踵を返す。



―――俺としたことが。

やはり置いて行くべきではなかったんだ。

危険な旅だからと―――

思い当たることは様々にある。


例のお方の急襲か

それともヘカテの夜に何かあったのか

例の事件の真相も気になる



急ぎ城宮まで行き、挨拶をしてくる皆の声に応えるのももどかしく目的の部屋まで向かう。

ノックをするのも半端にしてドアを開ければ、瞳を見開き立ち上がり、急ぎ居住まいを正すのが見える。

口を開くのを制し、性急に尋ねた。


「そのままで良い。アリ、すべてを報告しろ」