魔王に甘いくちづけを【完】

『旅の目的を果たしました。帰国の途につきます』


そう連絡を入れたのは昨夜のことだ。

早く帰城したいのは山々だが、暫くはここで足止めをくうだろう。


外を眺めれば、天候はさっきよりも更に悪化していた。

風はごうごうと音を立てて吹き荒れ、木々の枝は今にも折れそうな程にしなり、雨は岩肌を容赦なく叩き派手な水しぶきを上げている。

洞窟の入口前にあった窪みが、あっという間に池になっていた。

まるで空の精がバケツを持って盛大に水撒きをしてるかのよう。



「すげぇな・・・俺、こんなの初めてっすよ」


隣でザキが感心とも感激ともとれる声色で呟く。


「そうだな・・・これが噂に聞く“嵐”ってやつだ」


木の実を咀嚼しながらブラッドが呟く。

この旅が危険と言われるいくつかの理由の一つにこれがある。



―――自然の脅威―――


文献で知識は得ていたがこれほどのものとは―――

ラッツィオでは雨は滅多に降らない。

恵みの雨がたまに降るくらいで、こんな荒れた天候を体験するのは俺でも初めてのこと。

経験のないことに対する油断というものは、怖ろしいものだ。

ブラッドが気付かなければ大変なことになっていたな・・・。




今日は川を下る予定だった―――


「バル様、風が臭います」


先頭を行くブラッドが鼻をひくひくさせて振り返った。

空は薄雲が広がってはいるが雨を落とすようなものではない。

だが、吹きわたる風には確かに水の臭いが混じっている。

経験から少量の雨が降る程度と感じたが、ブラッドは危険だから雨をしのげるところを探した方がいいと言い張った。

言われてみれば、確かに風は妙な吹き方をしている。

強くなったり弱くなったり、廻るように吹いたり・・・。



「うむ・・・確かにおかしいな・・・」


この旅は、言わば俺の個人的な我儘なものだ。

なのに文句ひとつ言わずに付き従ってくれた皆を無暗に危険にさらすことは出来ん。

いまひとつ危険という言葉にはピンとこなかったが、ブラッドの意見を尊重し逸る気持ちを抑え込んで休憩を取り様子を見ることにした。

暫く様子を見ればブラッドも納得するだろうと考えたのだ。


「そうだな、避難した方が良さそうだ。サナ、近くに洞窟は無いか?」



―――それが、こんな悪天になろうとは。

予想もついてなかったな―――



「バル様。この分だと当分ここで足止めっすか?」




“大事な話がある”


潤んだ瞳・・・不安そうな顔。


置いてくるんじゃなかったと、何度後悔したか。

早く会いたい。

気持は逸る―――




「―――行程を練り直す。サナ、それを食べ終わったら現状と帰国が遅れる旨を伝えろ。ブラッド、川がおさまるのはどれほどと見る?」

「そうですな。2日はかかるかと思われます」


「そうか。では―――・・・」