魔王に甘いくちづけを【完】

「使用されたインクとペンを回収致します。貴女自身にもよく確認して頂きます。寮は簡易警備のため侵入するのも簡単です。何者かがすり替えたのかもしれません。部屋までご案内願えますか」

「・・・はい。承知致しました」



ルガルドが先にドアを開けて大きな背中に向かって「ご苦労」と、ビシッと姿勢を正し頭の上に手をかざす。

すぐさま脇に避けたボブさんも、直立不動の姿勢を取った。

先に出たルガルドの後を追って、マリーヌ講師が俯きがちにトボトボと出ていく。

そのしょんぼりした背中を見送った後、アリが近くに寄ってきた。



「恐らく、彼女は何も知らないでしょう。一応調べさせますが紙の切れ端からも何も出ません。あるとすれば、ただ一つ、インクです。ペンの可能性もなきにしもあらずですが。・・・これにより貴女様の警護を強めさせて頂きます。文句は、仰らぬように願います。・・・ジーク殿、後でお寄り下さい」


文句を言ったとしても、貴方は聞く耳を持ってないのに。そう思ったのを胸に閉じ込めて、むっすりとしつつ返事を返した。



「わかりました。貴方のお考え通りにして下さい」

「承知致しました」




改めてアリの容姿をじっくりと見る。

サラサラとした髪質。

涼しげな目元にすぅと通った鼻梁。

無造作に散らされた長めの前髪が、冷淡な瞳に影を落として妙に色っぽい。

それをさらりと揺らしながら優雅に退室の挨拶をする。

何も知らなければ、この方に胸がトキメクのかも。

そんな風に思わせる物腰と有能さと、容姿。

侍女たちが憧れるのも分かる気がするわ、今さらだけれど。


そういえばリリィも言ってたっけ・・・。







―――あれは、ヘカテの夜の次の日―――




「―――でね、変な男の子に掴まりそうになったから逃げたの。みんなに挨拶せずに帰ったから、今日スゴく叱られちゃった。アレさえなければ楽しくて良かったんだけどなぁ・・・。ね、ユリアさんはどうだったの?何もなかった?」

「私はね、室長がお休みして、代わりにアリというお方がずぅっと警護についていたの。それも朝まで」


うんざりとした気持ちを込めて言った私に、予想もつかない反応が返ってきた。


「えぇっ!?うそぉ!アリって。あの、バルさんの側近のアリ・スゥラルさん!?朝まで!?」



それまで、天蓋の上にいる白フクロウさんと向かい合っていたリリィ。

くるんと振り返った瞳は、まんまるになってキラキラと光っていた。