魔王に甘いくちづけを【完】

マリーヌ講師の顔は青ざめていて、憔悴してるように見える。

きっと、混乱してる頭の中を無理矢理宥めてるに違いない。




鋭い刃のような気を纏うお方。


―――騎士団長、ルガルド―――


アリより少し背が低くて、短くすっきりと整えられた黒髪。

鍛え上げられた逞しい体躯に乗せられた小さめの頭。

常に眉根を寄せた厳つい顔立ちは、話しかけただけで叱られそうな雰囲気を持っている。



・・・そういえば・・・記憶の中で引っかかる。

ルガルドって、どこかで聞いたような気がする。

それに、この少し高めの声も。

確か―――――・・・・




“ルガルド”



怒りを含んだバルの声・・・


・・・黒づくめの服・・・


血濡れた爪・・・引きずられてく男




そう、あの日に聞いた名前。

日々のことに取りまぎれ一度は薄れかけた、恐怖。

まるで、昨日起きたことのように鮮明に蘇ってくる。



鼻につく血の匂い。

歪んだ唇。



思い出したくないのに、嗅いだ匂いが、映像が、次々に浮かび上がる。


小刻みに手が震える。


額に汗が滲み出る。


呼吸が浅くなる。



徐々に、皆の声が遠くなる―――





―――怖い―――




あの事だけは、恐怖心も追い出せずに身の内に留まりつづける。

手を見やると、目に見えて指が震えているのが分かった。

ジークにバレないように、そっときつく握り締める。


心配掛けたくない・・・。




―――大丈夫、私は平気―――


目を閉じて深呼吸をして、心の中で何度も何度も繰り返した。




―――こんなんじゃ、いざという時皆を守れない。

前に出ていけない。

もっと強くなるのよ、もっと―――




懸命に暗示をかけると、次第に落ち着きを取り戻して周りの音も戻ってきた。


マリーヌ講師の声が聞こえてくる・・・ゆっくりと目を開けた。


まだ、少し怖いけれど、もう、平気・・・。


握り締めてた手は、血の気がなくなって白を通り越して青く見えた。