魔王に甘いくちづけを【完】

触診を始めるジークの頬が青ざめている。


「大丈夫よ、何ともないわ。ジークこそ、具合が悪そうに見えるけど・・・」

「俺は平気だ。変な心配するな、自分のことだけ考えろ。お前は座っていた方がいい。動悸も酷いし顔色も悪い」



その原因は例の出来事ではなくて、血相変えて飛び込んで来た貴方なんだけど、というのは黙っておくことにした。

こんな、身内でもない人間の私を心底心配してくれてるんだもの。

感謝こそすれ、責めることなんてとても出来ない。



促されるままにソファに座ると、マリーヌ講師が部屋に辿り着いて「遅くなりました」と膝を折った。

息つく間もなくアリたちのところに近寄って、聞かれるまま身ぶり手振りを交えて説明を始めてる。



―――誰も、私には何も聞かないのね?

あの現象はマリーヌ講師よりも、ずっと間近ではっきりと見たんだけど。

気を使ってるのかしら―――



そう考えて、直ぐ様思いなおした。

あのアリがそんな気を使う筈がない。

きっと、何も見てないと思ってるんだわ。

補足することがあれば・・・と声をかけようと思ったけれど、あまりにも真剣な様子なので割って入ることが出来なくてやめた。



特に、見知らぬお方の眼力が凄まじくて、とても近寄りがたい。

初対面でオソロシイと感じたボブさんとは、全く比べ物にならない程の恐ろしさ。

全身から吹き出るような気配がまるで刃のようで、目が合っただけでスパッと切られてしまいそう。

あの方が警護に来てなくて良かった。

アリで良かったと、初めて思った瞬間だ。



それにしても、あの雰囲気は・・・。


「・・・ジーク、教えて―――あのお方は?」

「あぁ、彼か・・・お前は初対面だったな。ルガルド殿だ。知ってるとは思うが、この国にはバル様直属の近衛騎士団というのがある。そこで、長の任に就いておられる。ちょっと黙ってろ」


そう言って、ジークは手首に太目の指を乗せて脈を取り始めた。

男らしい眉の間に深い溝が刻まれる。


「うむ・・・まだ脈は早いが・・・良いだろう。気分は悪くないか?」

「はい」

「そうか、具合が悪くなったらすぐに言え」



ジークはアリたちの方を振り返り見た。

成り行きを見守る視線の先には、天蓋を指差すマリーヌ講師と頷きながら真剣にやり取りをする二人。


向こうを見つめるジークから呟きが聞こえる。


「こりゃぁ、彼女も診察対象だな・・・」