魔王に甘いくちづけを【完】

白フクロウさんは知ってて破いたのかしら。

そう考えて、そのありえなさに苦笑した。

まさか、ね・・・。




「と・・・とにかく・・・で、存じますが・・」



マリーヌ講師は天蓋から手を離して、よろめきながらも眼鏡の弦を摘まんでいるところだった。

少し混乱してるみたいで、言葉遣いがおかしい。



「マリーヌ講師・・・大丈夫ですか?」


傍に駆け寄って、背中を摩りながら俯きがちな顔を覗き込む。

すると、け・・けっこうですから・・と、てのひらを見せて制されたので体から離れた。

マリーヌ講師は、ふぅーと、息を大きく吐いて、ワンピースをパタパタと叩いて乱れを直したあと、髪の乱れも整えている。

少し、落ち着いてきたみたい。



「もう、大丈夫です・・・ユリア様・・・随分落ち着かれてるのですね・・・私はもう・・・何が何だか―――」

「えぇ。こういうことに慣れてしまってるみたいです」



そう言って笑ったら、何か言いたげに口をパクパクさせて眼鏡の奥を瞬いた。


確かに、あの現象は訳が分からなくて怖いけれど。

おかしなことに遭遇することに関して言えば、マリーヌ講師よりは経験豊富だと自負できる。

おかげで、ちょっぴりだけど度胸がついて、少しのことでは慌てふためくことがなくなった。

恐怖心の対処法もなんとなく身についた気がする。

そんなこと、全く自慢にならないけれど・・・。




「と・・・とりあえず、どなたかお呼び致しましょう。・・・私には対処できかねます。ソファにお座りになってお待ち下さいませ」


そう言い残して、ドアを開いて大きな背中をバシバシと叩いた。

すると、扇子のような手に握った時計を見たボブさんは、まだ時間じゃない、とばかりに軽く無視した。



「緊急事態なのです。お退きなさい」


気色ばんで言えば「・・・トイレなら中にある」とボソリと返ってきたものだから、顔を真っ赤にしながらも「違うのです!」と叫んでぽかぽかと背中を叩きはじめた。


握りこぶしで叩かれ早口で捲し立てられ、いい加減煩いと思ったのか、ボブさんはやっとこ少し動いてくれた。


初めて見る場面。

時々口を尖らせてるリリィの、“入れてもらうのに苦労しちゃった”は、嘘ではないんだと改めて思った。



「では、行ってきますわ・・・お待ち下さいませ」



振り返って膝を折るマリーヌ講師。

疲れ切った様子でよろめきながらも歩いていく。

あの分だと、いつものピシッとした姿に戻るのは、相当な時間がかかりそう。