魔王に甘いくちづけを【完】

―――アリ殿は随分嫌われてるようだ。

そういえば


“彼女の私への評価は、最悪です”


真面目な顔して、断言してたな―――



「それは、ないぞ。彼は敵以外には紳士的だからな」



そう言うと、紳士的、あの方が。と、疑問符付きでぶつぶつと呟く声が聞こえてきて苦笑する。

・・・彼は、女性に絶大な人気を誇ってるんだが、お前には通用しねぇんだな・・・。



「そんなことより。俺のことよりも、だ。・・・お前・・・彼と離れて、ここに戻ってきて良かったのか?」



ソファへと促しながら、何気なくも慎重に問いかければ、心底驚いたのだろう、少し見開いた黒い瞳が切なげに揺れて、ふぃと俯いた。

薄紅色の唇が僅かに震えていたのも、見逃してない。

さっきまで無表情を相手にしてたおかげか、彼女の表情はとても豊かで考えも推察しやすい。



「いいんです。ラヴルにはきっともう・・・・。そう、私を戻せない訳があるのだと思います。それに、あのまま一緒に行ってしまってたら、皆にお別れを言えないでしょう?」



それはダメでしょう、礼儀に反するわ。と笑った彼女の表情はいつもの明るいものではなく、やはり寂しげに見える。

真意は、くみ取れる。

この話はあまりせん方がいいな・・・哀しさを増すだけだ。




「そうだ、お前に一つ報告することがあるんだが・・・次回の方がいいか?」


時計を見れば既に昼近い、どの道今日の講義は中止か・・・。



「え、ジーク。もしかしてそれって・・・」

「あぁ、そうだ。約束したとおり、例のこと調べてみたぞ。彼は過去のことはあまり話したがらないらしくてな。情報も少ないんだが・・・それでも聞くか?」

「是非教えて。何でもいいの。知りたいわ」



身を乗り出してくる彼女の勢いと真剣な瞳を受け止める。

バル様がおられん今、俺の口から言えることは少ないが許してくれよ・・・。



「彼の名は、ティム。この国に来たのは3年前らしい。城に勤め始めて2年。前は、屋台のような店をしていたようだ。たまたま来た客に腕を見こまれて、城宮のコック勤めを薦められたらしい。彼曰く“祖国では城の台所に出入りしていた”そうだ」

「城に・・・。彼・・・ティムは、どうやってこの国に来たのでしょう?」

「そこまでは、聞き出せんかった。奴も知らんらしいからな」

「奴って・・・?」

「王妃の城宮のコックだ。つまり、彼の同僚だな。それに、俺の友人とも言える男だ」



そう教えると瞳が少し輝いた。

何を考えてるのかは、大体分かる。



「バル様が帰ってからだぞ」



そう言えば、あからさまにしゅんとした。

可哀想だが仕方がない、勝手は出来んからな。

手を頭に置いてぽんぽんと軽く叩く。許してくれよ。



「じゃぁ俺はこれで。・・・また明日な。昼はしっかり食べろよ」




釘をさして部屋を後にする。


だが、相手は魔王と漆黒の翼とは。


焦りにも似た感情が沸く。


願わずにはいられない。




―――バル様、どうか早くお戻りを。


貴方様が戻るまで、我々は懸命に守り抜きますから。


どうか、お早く―――