魔王に甘いくちづけを【完】

ユリアの部屋に戻ったジークは、天蓋の上を眺めた。

真っ直ぐに見つめ返してくるガラス玉の瞳は無垢に見えて、ちょいと見た限りではただの白フクロウだ。


―――しかし、こいつが、か――――


ついさっきまで話していたことを思い返す。


“証拠は、彼女のペットです。あ、一応申し上げておきます。彼女の前で彼に話しかけるのは、お勧めしません”



口から出た言葉全部に驚いた。

憤然とした俺に冷静に淡々と話してくれることは信じがたく、どうにも訝しさが拭えずに顔を顰めていたらそう言ったのだ。

一睡もせず、おまけに俺の薬を浴びて大変だったろうに、昨日起こった全てを順序良く、そりゃ丁寧に説明してくれた。




―――漆黒の翼、か―――

ロゥヴェルの吸血族、ラヴル・ヴェスタ・ロヴェルト。

時期魔王候補として名高く、持つ力は現魔王セラヴィに次ぐと言われている。

この国の、幼子でも知ってる有名人だ。

その妖艶な容姿に密かに憧れてるって言う娘も多く、モテるだろうに、あまり浮いた噂を聞かない。

彼の元で暮らしていた彼女は、そういう関係にあるってことは容易に想像ついちゃいたが、実際痕跡を目にすると複雑な気持ちになるな―――――



バル様の顔がちらつく。申し訳なさ過ぎて身が縮む。

考えてみりゃ、俺も悪いんだ。アリ殿ばかりを責められん。



それからなにより驚いたのは、俺の薬をマリーヌ講師が持ってたってことだ。

誰の仕業かは、考えるまでもない。一人しかおらん。


“ジークさん、こんなにいっぱい要るの?”


純粋無垢な可愛らしい笑顔が浮かんで、自分の過保護さに苦笑する。


・・・あげすぎたんだな・・・。



“兎に角、この先も王子様がおられない分、彼女の警護をさらに強めるべきだと判断致します。ルガルド騎士団長殿と相談を・・・”




「ジ・・・・ク・・・ーク・・・ジーク!?」




「あぁ、すまん、何だ?」

「何だ?、じゃないわ。大丈夫なの・・・戻ってからずっと、ぼーっとしてるもの。体は・・・何ともないみたいだけど・・・」



振り向けば、いつの間にか隣に立っていた黒い瞳が、心配げに覗き込んでいた。

何度も呼んだのよ、と言いたげに唇を尖らせている。

バツが悪くなって頭をぼりぼりと掻く。



「あぁ、何でもない・・・アリ殿と話してたことを、俺なりに噛み砕いていたところだ」

「そう・・・それならいいけど。アリに、精神的に追い詰められてしまったのかと、心配しちゃったわ」


ほんと、あの方はとんでもないんだから。と言うのを、軽く笑って返す。