魔王に甘いくちづけを【完】

こじんまりとした小さな簡易テント。

その狭い中で男二人が向き合っている。

若く猛々しい体と小さく骨ばった体。

艶めいて辺りによく響く声とちょっぴりしゃがれた声。

このしゃがれた声は、洞窟の中で叫びすぎたせいなんだが、まぁそれは置いといて―――



「よし・・・では、頼む」

「はい、お任せ下さい」



全面的な信頼を置き、自らの留守を預けたアリとジーク。

その二人の間で、ユリアの状態をめぐって一悶着が起きてるなんて、針の穴ほども知らないバル。

狭間の洞窟を無事抜け、異国の地で少しの緊張感を保ちながらも一夜を明かしたあと、朝食前にサナのテントを訪れていた。


水晶玉を覗くサナをじっと見つめ、腕を組んで待つ。

これからの動向を決めるため、サナの意見を聞こうとしていた。


骨ばったほそっこい手が、水晶玉の上を撫でるように何度も往復する。

ブツブツと呟かれる呪文が気となって、テントの中に渦を巻くように漂う。

それが玉の中に吸い込まれていき、次第に光を放ち始める。

やがて強い光となってサナの顔を青白く照らした。



何度も見たことがあるが、この瞬間ほど不気味さに背筋が疼くことは他にない。

占師の奴らは敵に回したくない種族だ。

ひとたびそうなれば、相対する者と手を組み、あらゆる手段を講じて潰しにかかられるだろう。



「バル様。出ました――――」



手招きをされるので、組んだ腕を解き、光りに吸い込まれるように近付いた。

促されるままに覗けば、水が流れる様が見えるだけ。


―――これは、川なのか―――?


「これは、よく分からんな・・・何だ?説明しろ。お前じゃないと分からんのだろう」



そう言えばククッと笑いを漏らす。

馬鹿にしてるのだろうかとむっとするが、ぐっと我慢する。



「はい。申し訳ありません。これは見ての通り―――・・・・」





外では、テントで囲まれた中心の広場で火が焚かれ、朝食の準備が始まっていた。

鍋の中に、ぶつ切りにされた野菜が無造作に放り込まれる。



「おーい、捕って来たぞー」


ブラッドが木立の中から3匹の小動物を手に提げて戻ってきた。

それを受け取って、騎士団員が華麗な剣さばきで皮を剥いでいく。

ザキは馬たちに水をやり、飼葉の用意をしていた。



時が経ち、辺りに肉の焼ける香ばしい匂いが立ちこめる頃。

バルは、サナと一緒にテントから出た。


手には一枚の紙の切れ端を握っている。

どうぞ、と言われ、用意されていた席に腰を落ち着けると、椀が差し出された。


暫くの間、取り留めのない話をしながら腹の虫を宥める。

粗方食べた後、まだもぐもぐと口を動かす者もいるが、紙を取り出して皆の顔を順番に見た。


―――うむ、皆顔色は良好だ。



「食べながら聞いてくれ。今からの予定だ」



そう言えば、皆の顔つきががらりと変わって真剣なものになった。

手ぶりを交えながら、話し始める。



「ここから向こうの方角、二時の方向へ向かう。すると川が――――・・・」