魔王に甘いくちづけを【完】

「・・・え?」

まさか。アイツ、何てことを!と吐き捨てるように言ったジークの雰囲気が、どんどん変わっていく。


「よもやアイツがバル様の信頼を裏切るとは!」


野太い声が部屋の中に響いて、窓ガラスがびりびりと揺れた。

その迫力の凄まじさに体が固まる。



「ぴっ―――」


バサバサ・・・


眠ってた白フクロウさんも起きてしまって、翼を広げてしきりに動かしてる。

ガラス玉の目をくりくりと回してぴぃぴぃ鳴き声を上げている。

すごく驚いてるみたい。



ジークの穏やかだった瞳は怒りに燃えて、握り拳を作った腕はプルプルと震え始めていた。

体中から気のようなものが出て、ゆらゆらと立ち昇ってるのが分かってとても怖い。

何とか落ち着いて貰わないと、とんでもないことが起こりそうな予感がする。



「待って、ジーク。違うわ、違う。絶対にそんなことないわ」



固まる舌をなんとか動かして懸命に否定しながらも慌てて手を覆い隠したけど、もう遅く。

ジークの燃える瞳は既に目ざとく捉えていた。



「じゃぁ、コレは何だ!?」



大きな手が手首を掴んで、太めの指が手の甲をビシッと指す。


「ココだけじゃないぞ。耳の下も、うなじにも。ついでに言えば、胸元にもあった!」


怒るジークの喉から、ぐるるると唸る音が聞こえてくる。

まさに、狼のよう。

こんな滅多に見られない様子なんだから、放っておけば勢い余って変身するかも、なんて淡い期待がちらっと浮かぶけれど、握られた手首は痛いし怖いしで震えながらも考えを纏める努力をする。



それにしても、そんなにいろんな所に沢山ついてるなんて思わなかった。

確かに、いろんな場所に口づけを受けてたけれど・・・・。

何て話したらいのかしら。

記憶をなくしてることだけは知ってるけれど、ラヴルのことは知らないはずだもの・・・。


冷や汗が出てきてごくりと息を飲む。


誤解は解かないといけないけれど、一息に説明するのは難しい。

それに、連れ去られながらもいつの間にかここに戻ってきてたなんて、そんな謎、到底説明できないわ。



「・・・あの・・・えーっと、その、マリーヌ講師が」



しどろもどろになってると、手首を離して、マリーヌ講師?何言ってんだ、と呟いて、がばっと立ち上がった。

前を見据える表情は、あの日小島で見た、どぼどぼと湯を出すあの彫刻に似てる。

恐ろしい顔。