魔王に甘いくちづけを【完】

懸命に顔を逸らして何とか視線から逃れてると、クスクスと笑う声がますます大きくなった。


「そのままでいろ」


そう囁かれた後、首筋にちくんとした痛みを感じた。

途端に蕩けるような感覚に襲われて、ラヴルの服をきゅっと掴んだ。

体の芯が熱を持って、手と足が何処にあるのか分からなくなる。

ふわふわとした夢見心地の中で、うわ言のように名前を呼んだ。


首から唇が離されて、滲み出た血を舐めとる感覚のあとチクチクとした痛みが消えた。

霞む意識の中で満足気な声を聞く。


「ふむ・・・それにしても・・・随分健康的になった。これは、バルリークに礼を言うべきだな・・・」


―――バルリークって、もしかしてバルのこと?

それが正式な名前だなんて、私、バルのこと何も知らないわね・・・。


それに、健康的ってどういう意味かしら。

ぼんやりとした頭を叱咤しつつ考えてると、さっきのカチンとくる言葉がふわっと浮かび上がる。


“重くなった”


そういえば、ラヴルはこんな性格だった。

確かに、お食事は残さず食べてるけれど、太るほどに戴いてる訳ではないわ。

女性を腕に抱いた第一声がアレだなんて、相変わらずほんとに失礼なんだから。

再会した感動も台無しなことに、むっすりとして睨むようにして見上げたら、漆黒の瞳は笑みを含んだままじっとこちらを見ていた。


―――どうして私、この方が好きなのかしら――――



「・・重いのでしょう。そのうち腕が痛くなってしまうわ。痛めないうちに下ろして下さい」

「そうはいかないな。心地良い重さだ・・・そう簡単には離せん。それに、今は足腰が立たない筈だが・・・。本当に、下ろしていいのか?」

「・・・・」


唇をきゅっと結ぶ。何も言いかえせない。

確かに今は足が何処にあるのか分からないもの。

下ろされたらきっと崩れ落ちてしまうわ。



「薄桃色の肌、その色を含んだ表情も、この怒った唇も久しいからな。暫くは、このままじっくり堪能させてもらう」


「・・勝手にして下さい」



むっすりと膨れて、ぷいっと横を向く。

せっかく会えたのに。

貴方はこんなに優しいのに。

私は、可愛くないことばかり言ってしまう。

これでは呆れてしまうわよね。


居た堪れなくてこの腕の中から逃げ出して隠れてしまいたいと思うのに、出来ない。

逃げたくない、このまま傍にいたいという気持ちの方が強い。

もっと声を聞きたくなって、もっと貴方を見ていたいと思う。

私はこんなに、貴方に囚われてる。


でも――――