魔王に甘いくちづけを【完】

「・・・今、何をされると思いましたか。―――――大丈夫です、決して触れません。そのように、約束致しました」


言葉遣いが元に戻ったけれど、囁かれる声が掠れていて無駄に色っぽく聞こえる。


“触れません”


確かに、約束は守られてるけど。

これ以上何もする気がないようだけど。

一体この状態は・・・?

出会ったばかりだし、どう考えても、女神の月だからという答えに辿り着く。

しんと静まった中で、規則正しい息遣いだけが聞こえてくる。

いつまでこのままでいるつもりなのかしら。

部屋の中はどんどん暗くなってきたし、なんとかしないと・・・。

とりあえず何でもいいから話しかけてみる。



「貴方も、ヘカテの月の影響を受けてるの?」


聞いた後で、こんな質問をするんじゃなかったと後悔したけれど、既に遅く。

耳元でふ・・と息が漏れる音が聞こえた。


「・・・・・・王子様に叱られます。としか、お答えできません」



・・・??

どうとでも受け取れる言葉で、ますます混乱してしまう。


―――失敗したわ、聞くんじゃなかった。

けど、声は冷静なものに変わってきてる。

今なら―――



「そろそろ、退いて欲しいわ」


話しかけながら、下からすり抜けようと膝を折ってするすると下に動いていると、それに気付いたアリの腕も下に移動してくる。

何度も何度もこの方は。

どうにも逃がさないつもりなの―――?

・・・ひょっとしたら、からかってるだけなのかも・・・



「大変申し訳ありませんが。今、動かないで頂けますか」

「―――っ、どういうつも・・」


アリの態度にむかっとして見上げると、眉根を寄せて睨みつけるようにして見下ろす瞳とばしっと合った。

きゅっと結ばれていた唇が動くのと同時に、後ろの壁がバシンと音を立てた。

どうも、アリの掌が壁を叩いたよう。


「全く、貴女というお方はっ。分からないのですか」



今までにない、丁寧だけど激しい口調。

口を噤んで見下ろしてくる端正な顔が、何故だか辛そうに歪んでる。


―――どうしてそんな顔をしてるの―――?


じっと見上げてるその横で、鍛えられた腕がそろそろと動き始めていた。





「ぴっ、ぴいぃっ」

―――コンコン・・・



白フクロウさんの鳴き声とバサ・・と翼を広げる音、それとノックの音がほとんど同時に響いた。


はっと、息を飲んだ雰囲気がした。

舌打ちと共に、覆い被さっていた体がぱっと離れて瞬時に壁際に移動していた。

部屋の中に廊下の明るい光が差し込んできて、柔らかな曲線を描く形の良い影が床に映る。




「ユリアさんっ。ね、見て、コレ・・・・・あれ?薄暗いね。まだ灯り点けてないの?・・・室長さんは?」