魔王に甘いくちづけを【完】

信じられないといった感じの声。

今ここに、貴方以外誰がいると言うのかしら。


「・・・私は、点け方を知らないわ。もしかして、貴方も知らないの?」


冷淡な瞳に負けないように、こちらも瞳に力を込めて見上げる。

と、眉がすぅと寄せられて頭が傾き、少しだけ表情が変わった。

なんと言うか、怒ってるようにも見えるけれど、戸惑ってるような、動揺してるような、複雑な・・・。


読めない表情を観察するようにじっと見つめていると、突然、ひゅんっと風を切る音がしたと同時に、後ろの壁から、ぱしっという音が聞こえてきた。

薄暗くなってきた上に早すぎて、その動きが全く見えなかった。

頬のすぐ横に、壁に手をついたアリの腕がある。

見下ろしてくるアリの瞳だけが妙にギラギラと輝いてるように見えて、何とも怖い。



頭の中で危険信号が鳴る。

“逃げなさい”と本能が警告してくる。

でも急に動くと捕まえられそうな雰囲気。

大声を出そうとも考えたけれど、昼間の出来事がありありと思い出されて、余計尋常じゃない事態になってしまうのが容易に想像できる。

緊張して、冷や汗が出てきた。

ばれないよう、そろりそろりと、壁伝いに塞がれてない方へと移動する。

と、またも、ひゅんっ・・ぱしっと音が聞こえて、完全に退路を塞がれてしまった。

太い腕の中に閉じ込められている。


しかも、見下ろしてくる瞳に、さっきまでなかった熱が籠ってるような・・・。まさか・・・。

少しずつだけれど、顔が近付いてくる気がする。

それは、どう考えても額のあたりに向かってるようで―――

徐々に目の前に迫ってくる形の良い唇。


この方は何も言わないけれど、まさかこれは、もしかしたら、もしかしなくても、とっても危険な状況よね?

灯りを点けてって言っただけなのに、どうしてこんなことに?


考えてる場合じゃないわ、と・・・とにかく止めないと。



「ま、待ってアリ。止まって。一体何を考えているの?」



強めに声を出すと、前髪に息がかかる寸前に、ふぃと方向転換して耳の横あたりでぴたりと止まった。



「黙ってろ、動くな」


鼓膜をくすぐるような低い声が届けられて背中がゾワゾワする。

初めて聞く命令口調。

びっくりして声も出せない。

丁寧で従順な従者は何処に消えたのかしら。


これはもしかしたら、怒ってるの・・よね?

一体いつ逆鱗に触れたのかしら。

どこで、何故?

今までの行動がぐるぐると頭の中を駆け巡る。


すると、耳の横で小さなため息が吐かれた。